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友部正人 / どうして旅に出なかったんだ

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ヒップホップの伝説グループ!ビースティ・ボーイズ(Beastie Boys)のレコード買取情報

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80年代から90年代にかけてのUSヒップホップを語るうえで、ビースティ・ボーイズ(Beastie Boys)は外せません。彼らはジャンルにこだわらない柔軟な音楽性で多くのファンを獲得しました。さらに、政治的なメッセージを発信することも恐れなかったアーティストでもあります。この記事では、ビースティ・ボーイズの経歴や買取市場で注目されているレコード作品などを解説します。

 
 

ビースティ・ボーイズのプロフィールや音楽性は?

 

1978年、ビースティ・ボーイズはニューヨークで結成されました。当初のバンド名は「ヤング・アボリジニーズ」で、音楽的にもハードコア・パンクが中心でした。1981年に改名したビースティー・ボーイズは1983年からヒップホップ・ユニットとして方向転換します。メンバーはキング・アドロック、MCA、マイクDの3人になり、ラップソングの制作を積極的に行い始めました。数々の大物アーティストから実力を認められたビースティー・ボーイズは、ライブの前座や自主製作の音源などで音楽ファンから評価されていきます。そして、1986年のデビューアルバム「ライセンス・トゥ・イル」でブレイクを果たしました。

「ライセンス・トゥ・イル」は黒人的なグルーブではなく、ロックやパンクの影響下にあるビートで占められています。ジャンルを横断するような音楽性は称賛を集め、ビースティー・ボーイズは商業的成功を手中に収めました。90年代には「イル・コミュニケーション」「ハロー・ナスティ」の2枚のアルバムが大ヒットし、世界的なグループへと成長します。2004年のアルバム「トゥ・ザ・5ボローズ」リリース時には、日本のロックフェスでヘッドライナーも務めました。

ビースティー・ボーイズは順調なキャリアを歩んでいたものの、2012年5月4日、MCAが癌で他界しました。そして、残されたメンバーたちは「ビースティー・ボーイズとしてのライブ活動を休止する」と発表します。グループは実質上の解散となってしまいました。それでも、ビースティー・ボーイズの作品は世代を超えて、世界中で愛され続けています。

 
 

ビースティ・ボーイズで人気があるレコードの特徴は?

 

1980~90年代にかけて、ビースティ・ボーイズが発表してきたスタジオアルバムは傑作ぞろいです。特に、デビューアルバムの「ライセンス・トゥ・イル」、最高傑作の呼び声が高い「イル・コミュニケーション」は根強い支持を集めてきました。さらに、2004年の「トゥ・ザ・5ボローズ」もヒットシングルが多く、買取市場での人気は絶えません。これらのアルバムはCDや配信でも聴けるものの、「良い音質で楽しみたい」というリスナーはたくさんいます。さらに、ビースティ・ボーイズのようなビッグネームはクラブでも頻繁にプレイされているので、レコードを探しているDJも多いのです。

 
 

ビースティー・ボーイズで特に評価の高いレコード5選

 
 

ここからは、ビースティー・ボーイズのレコードで評価の高い5枚を紹介します。

 
 


「ライセンスト・トゥ・イル(Def Jam, 28AP 3278)」

記念すべきビースティー・ボーイズのデビュー作であり、ビルボードチャートで初めて1位を獲得したラップアルバムの日本国内盤です。ロックナンバーからサンプリングしつつ、ハードでポップなビースティー節が展開されています。名曲「FIGHT FOR YOUR RIGHT」はアンセムになり、長くクラブでプレイされるようになりました。

 
 


「Paul’s Boutique」(Capitol, C1-91743)

1989年にリリースされたアルバム「ポールズ・ブティック」でビースティー・ボーイズはサンプリング路線を推し進めました。その実験性にファンは戸惑ったものの、評論家からは絶賛を受けます。

 
 


「Ill Communication」(Capitol, C1 7243 8 28599 1 8)

デビュー作以来、8年ぶりにビルボード1位を獲得した4枚目のスタジオアルバムです。ビースティー・ボーイズの代表作に挙げられることも多い、充実した内容です。シングルにもなった「Sabotage」はプロテスタントソングとして熱烈な支持を受け、ヒップホップファン以外のロックリスナーからも愛されるようになりました。

 
 


「Hello Nasty」(Capitol, C1 7243 8 37716 1 5)

これまでのアルバムに比べ、シンプルなヒップホップナンバーが増えた1998年作です。「Intergalactic」や「Body Movin’」などのハイテンションな楽曲が印象的であり、後期のライブでも数多く披露されることになりました。本作はグラミー賞でも高く評価されており、ビースティー・ボーイズが大御所になってきた時期を象徴しています。

 
 


「To The 5 Boroughs」(Capitol, C1 7243 5 84571 1 7)

名曲「Ch-Check It Out」を収録した2004年作品です。ニューヨークで起こった自爆テロの後、地元出身のビースティー・ボーイズが初めて出したアルバムとして大きな注目を集めました。基本的にはオールドスクールのパーティーチューンが多いものの、歌詞のところどころにニューヨークへのエールが含まれています。

 
 

ビースティ・ボーイズのレコード買取はエコストアレコードで

 

もしも自宅に聴かなくなったビースティ・ボーイズのレコードがあるなら、エコストアレコードにお任せください。私たちエコストアレコードは幅広いジャンルに精通した買取専門店です。ヒップホップや洋楽への造詣も深く、経験豊富なスタッフが正確な査定を行います。ビースティ・ボーイズのレコードの実績もあるので、買取をご利用の際はぜひご連絡ください。

 
 

 

※本サイトに掲載されている記事の著作権はFTF株式会社に帰属します。投稿した記事のリライトの可能性が高い場合は顧問弁護士と協議の上、即日中に法的な処置を行いますのでご了承ください。

ヒップホップ界の重鎮ドクター・ドレー(Dr. Dre)。買取需要高まる彼のレコードの特徴や人気タイトルを紹介

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アメリカ出身のドクター・ドレー(Dr. Dre)は、ヒップホップミュージックを語る上で最も重要な人物だと言っても過言ではありません。ラッパーとしてだけでなく、プロデューサーや俳優、実業家など様々な分野で活動し続けている彼は、多くの人々に影響を与えています。この記事では、そんなドクター・ドレーの買取市場で需要のあるレコードの特徴や人気タイトルを紹介します。

 
 

ドクター・ドレーとは?

 

幼少期から音楽が好きだったドクター・ドレーは、1980年代にロサンゼルスで活動していたワールド・クラス・レッキン・クルーというエレクトログループに参加することで本格的に音楽活動を始めました。このグループでの活動を通してドレーはラップの発展に大いに貢献し、その後1986年になると今度はDJ・イェラとともにラップ・グループN.W.A.のメンバーとして活動を開始しました。このグループは1990年代に、ギャングスタラップというジャンルを確立しています。

ギャングスタラップとは、暴力的な内容のラップミュージックを指すジャンルです。後にドレーはギャングスタラップの代表的なアーティストとして、度々名前が挙がるようになります。N.W.A.は目覚ましい活躍ぶりでしたが、ドレーとメンバーの内の一人であるイージー・Eの関係が上手くいかず、残念ながらドレーは1991年に脱退してしまいます。しかし、彼はすぐにシュグ・ナイトとともに、ヒップホップレコードレーベルとなるデス・ロウ・レコードを設立しました。

ここからドレーのソロ活動が始まったのです。まずは1992年に、スヌープ・ドッグとの共演が話題となったシングル「ディープ・カバー(Deep Cover (AKA 187))」を発売しました。同じく1992年にはアルバム「クロニック」も発売しており、こちらにもスヌープ・ドッグが参加しています。このアルバムは大ヒットとなり、グラミー賞の2部門にノミネートされ、ドレーはベスト・ラップ・ソロ・パフォーマンス賞を受賞しました。

1993年には今度はスヌープ・ドッグのデビューアルバムをプロデュースし、こちらもビルボード・チャート1位になるほどの大ヒットへと導いたのです。1996年にプロデュースした2パックとロジャー・トラウトマン共演の「カリフォルニア・ラヴ(California Love)」もヒットし、ドレーの活躍は誰の目から見ても順調でした。しかし、ここで彼の華々しい音楽活動に影が差します。

それはプロデュースした2パックの死亡と、ともにレーベルを立ち上げたシュグ・ナイトの逮捕でした。これらによってデス・ロウ・レコードは危機に晒されたため、ドレーはレーベルを離れて新たにアフターマス・エンターテインメントを設立しました。1996年に発表された「ドクター・ドレー・プレゼンツ?ジ・アフターマス」は、アフターマス所属の新人の曲も含むコンピレーションアルバムでした。

ドレーにとっては新たなるチャレンジとも言える作品でヒットもしましたが、本人はこのアルバムを失敗作だと言っています。その後にプロデュースした作品もヒットはしますが、批判的に評価されることも多く、アフターマスはなかなか軌道に乗れずにいました。しかし、1998年にエミネムと契約したことで一転します。ドレーがプロデュースしたエミネムのデビューアルバム「ザ・スリム・シェイディ LP」と2000年に発表した「ザ・マーシャル・マザーズ・LP」が大ヒットしたのです。

1999年にはドレーの2作目のアルバム「2001」を発売し、このアルバムと「ザ・マーシャル・マザーズ LP」によってグラミー賞のプロデューサー・オブ・ザ・イヤーを受賞しました。この後も彼は様々な作品をプロデュースし、ヒットへと導いています。さらに映画にも出演し、俳優としての顔も見せています。2015年には16年振りとなる3作目のアルバム「Compton」を発表しており、今後もドレーの活躍から目が離せないでしょう。

 
 

買取市場で需要高まるドクター・ドレーのレコードの特徴

 

ドクター・ドレーのレコードで、特に買取市場で需要があるのはオリジナルといわれる初版や限定盤です。特に未開封の状態であるシールド盤は人気があります。状態もよければさらに需要が高くなるでしょう。

 
 

ドクター・ドレーの人気タイトル

 
 

ここでドクター・ドレーのレコードの中で、特に人気のあるタイトルを紹介します。

 
 


「The Chronic」/Interscope, P1 57128

1992年にオリジナルが発売されたドレーのファーストアルバムの2枚組です。西海岸ヒップホップのみならず、ヒップホップ史に大きく名を残す大名作としてファンの間では認知されています。中古レコードの買取においても高い査定額となること必至です。

 
 


「2001」/Aftermath Entertainment, 069490486-1

1999年にオリジナルが発売されたドレーのセカンドアルバム。エミネム(Eminem)やスヌープ・ドッグ(Snoop Dogg)ら豪華ラッパーが多数ゲスト参加しており内容も素晴らしく、それぞれのファンからの人気も高い作品となっています。

 
 

ドクター・ドレーはヒップホップ界の代表的アーティスト

 

ドクター・ドレーはヒップホップ界に革命を起こしたと言えるほど、ラッパーやプロデューサーとして活躍した人物です。現在も精力的に活動を続けており、多くの人々に影響を与えています。今後も彼の音楽は世界中で聴き継がれていくでしょう。そんなドクター・ドレーのレコードの買取依頼ならば、是非エコストアレコードにご相談下さい。

 
 

 

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アンビエント系のグループである「ムクワジュ・アンサンブル」のレコード買取りについて知っておきたいこと

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ムクワジュ・アンサンブルは知る人ぞ知るアンビエント系のアンサンブルグループです。実際の活動期間はそれほど長くはありませんでしたが、その後に日本を代表するアンビエント・ミュージシャンとして活躍する音楽家たちが複数所属していたということもあって、そのレコードは貴重な存在となっています。以下では、そのようなムクワジュ・アンサンブルのレコードを買取りに出す際に知っておきたいポイントを紹介していきます。

 
 

ムクワジュ・アンサンブルとはどのようなグループなのか?

 

まずはじめに、ムクワジュ・アンサンブルというのは、スタジオ・ジブリのアニメ映画の音楽などで知られる久石譲が、音楽大学に在学していた時に取り組んでいたミニマル・ミュージック活動の一環として1979年に結成したアンサンブルグループです。元々は、大学卒業時に彼が結成したプラーナ・アンサンブルというグループを発展的に解消して作られた久石譲グループのうち、打楽器奏者だけを分離する形で発足したのが、このムクワジュ・アンサンブルなのです。バンド名となっているムクワジュというのは、聞き慣れない言葉かもしれませんが、これはスワヒリ語でタマリンドという樹木を意味する言葉です。

このグループは、ミニマル・ミュージックを追求するというコンセプトのもとに活動を開始したのですが、創設者である久石譲自身が、ブライアン・イーノによるアンビエント・ミュージックの登場といった出来事をきっかけにアンサンブル活動を行うことについて疑問を抱き始めるようになります。また、他のメンバーからもフュージョン系とのコラボを希望する声が出るなど、活動を続けるうちに次第にメンバー間の方向性の違いが顕著なものとなっていきました。そのような事態を受けて、1981年にシンセサイザープログラマーの松武秀樹やラテンパーカッショニストのペッカーをゲストミュージシャンとして迎えて収録した「MKWAJU」というファーストアルバムのリリースを契機として、久石譲はグループから脱退することになります。彼以外のメンバーは、その後もしばらくグループとしての活動を続けたのですが、同年に「樹・モーション」というセカンドアルバムをリリースした後に、グループを解散することにしたのです。

ムクワジュ・アンサンブルの活動期間は、1979年から1981年までのわずか2年ほどしかありませんが、メンバーには久石譲の他に高田みどり、定成庸司、荒瀬順子といった著名なミュージシャンが複数存在したこともあって、その音楽性は高く評価されています。また、2010年代に入って動画共有ソフトに投稿された動画がきっかけとなって、一躍時の人となった高田みどりが所属していたグループということで、改めてムクワジュ・アンサンブルも脚光を浴びたのでした。

 
 

ムクワジュ・アンサンブルの代表作とは?

 

ここからは、ムクワジュ・アンサンブルの代表作とされているいくつかのレコードをピックアップして紹介していくことにします。

 
 


「ムクワジュ/MKWAJU」(BETTER DAYS, YF-7019-ND)

こちらのレコードは、1981年にBETTER DAYSというレーベルから発売されたムクワジュ・アンサンブルのファーストアルバムです。後に音楽界の巨匠となる久石譲の初プロデュース作として知られており、作曲や編曲についても彼自身が手掛けているほか、キーボードとしても自ら参加するなど意欲的な作品となっています。こちらのレコードは既に廃版となっていますが、その高い人気から2018年に改めて再版されています。

 
 


「樹・モーション/Ki-Motion」(BETTER DAYS, YF-7035-ND)

このレコードは、ムクワジュ・アンサンブルのセカンドアルバムで、ファーストアルバムである「ムクワジュ」と同じ1981年にリリースされました。もっとも、こちらの作品は、久石譲ではなく千野秀一がプロデュースを手掛けており、村上“ポンタ”秀一なども参加するなど「ムクワジュ」とはまた違った作風に仕上がっています。また、メンバーである高田みどりが作曲した作品も2曲収録されているなど、アンビエント・ミュージックが好きな方にとっては非常に魅力的な作品となっているのです。「ムクワジュ」と同じく2018年に再版されています。

 
 

レコードの査定額を上げるには

 

レコードを買取りに出す際にはいくつかのポイントを押さえておくだけで査定額が上がる場合があります。まず、もし手元に帯が残っている場合は、必ずそれも一緒にして査定してもらうようにしましょう。帯があるのとないのとでは、査定額が大きく違ってくるからです。また、なるべくであれば、レコードを専門に取り扱っているお店に買い取ってもらうというのもポイントになります。この点、エコストアレコードでは、レコードの査定に長けたスタッフが在籍しているほか、お客様の悩みにもしっかりとお答えするようにしていますので、もしお手元に不要になったレコードがある場合はぜひ一度ご相談ください。

 
 

ムクワジュ・アンサンブルのレコードの買取りはエコストアレコードにお任せください

 

以上で見てきたように、ムクワジュ・アンサンブルはアンビエントミュージックの世界における伝説的なパーカッショングループです。アンビエントへの注目が高まっている昨今はこちらのグループのレコードを手放すには絶好のタイミングといえますので、もしお手元に不要になったものがある場合には、ぜひエコストアレコードに買取りをご依頼ください。

 
 

 

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アンビエントミュージックにおける日本の第一人者、広瀬豊のレコード買取市場がかなり熱い!

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レコード買取の市場で今、熱い視線を集めているのが広瀬豊です。日本アンビエントミュージック界の第一人者として不動の地位を占める広瀬は、サウンドデザイナーとして環境音楽という特異なジャンルをけん引してきました。一部のマニアの熱狂的な支持を受けながら、これまで華々しい脚光を浴びるまでには至らなかったアンビエント界に熱気をもたらしている広瀬豊の人と作品について、エコストアレコードが詳細情報をお伝えします。

 
 

海外から再評価される日本のアンビエントミュージック、その立役者が広瀬豊

 

2019年の第62回グラミー賞で、日本の環境音楽をテーマとしたコンピレート作品『Kanky? Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990』がノミネートされたことは大きな反響を呼びました。いわゆるニューエイジミュージックといわれるジャンルに分類されるもので、スピリチュアリズムや神秘主義といった思想に影響を受けたものという解釈を背景に、ある種の色眼鏡で見られていた音楽の思潮が改めて世界に認められた瞬間でした。

アンビエントとは「周囲の」とか「環境の」という意味で、アンビエントミュージックは「環境音楽」と訳されます。周囲の環境に溶け込んだ音楽という意味で、「興味深いけれど無視できる音楽」と説明されることもあります。たとえば各地の施設や公共の拠点で流れる音楽などを思い出してみるとよいでしょう。あれらもアンビエントミュージックに数えられます。このアンビエントミュージックを芸術の域にまで押し上げたミュージシャンの一人が広瀬豊なのです。

広瀬豊は1961年生まれで山梨県甲府市の出身です。中学時代にブライアン・イーノの音楽に触れて衝撃を受け、アンビエントミュージックを強く意識するようになります。ブライアン・イーノは音と対峙して向き合う音楽の在り方を拒絶し、場所と一体化した音響空間を創造することで音楽の新たな魅力を引き出そうとしたアンビエントミュージックの先駆者です。1978年にリリースした「Ambient 1: Music for Airports」は実際に空港で使用されることを想定して音作りをしたアルバムとして知られており、アンビエントミュージックの先駆け的作品として知られるようになりました。広瀬自身はこのアルバムの後に発表された「Ambient 4: On Land」に奥深い生命力を感じ、「すごいな」と感じたと述懐しています。

1986年に、広瀬は住宅展示場のバックグラウンドを彩る音楽を専門的に手掛けるプロジェクトとして、ミサワホーム総合研究所サウンドデザイン室が企画した「サウンドスケープ」シリーズからアルバム「Nova」を発表し、日本のアンビエントミュージックのポテンシャルを広く印象付けました。同じ年、芦川聡が立ち上げた株式会社サウンド・プロセス・デザインに参加します。芦川は日本の環境音楽の草分け的な存在として知られ、その音楽に新鮮な魅力を感じていた広瀬は入社に際して手土産として自作のテープを持参したというエピソードもありますが、会社を設立した翌年芦川は不慮の事故で死亡します。芦川を失った後、広瀬はサウンドデザイナーとして、各地の美術館や博物館などの空間にどのような音楽を流すのがふさわしいかといった音のプロデュースを行ってきました。

「Nova」を発表して以降、音楽界は商業的な音作りを優先し、独自の世界観に彩られたアンビエントミュージックを支えていたのは、ほぼ一部の熱狂的なマニアだけでした。しかし2019年のグラミー賞ノミネートに見られるように、ニューエイジミュージックにリバイバルの機運が現われ始めると、グラミー賞と同じ年、「We Release Whatever The Fuck We Want」というスイスのレーベルから「Nova」がリイシューされることになり、その話題は世界を駆け巡りました。そして2022年5月には、「Nova」に続くセカンドアルバム「Nostalghia」もリリースされ、即興性に富んだ新たなアンビエントミュージックの世界を展開しています。

 
 

広瀬豊、これぞ価値あるレコード2作品

 
 


ノバ Nova(Misawa Home、25SD-2)

住宅メーカー「ミサワホーム」のミサワホーム総合研究所サウンドデザイン室が企画した「サウンドスケープシリーズ」の第2弾として1986年に発表された日本のアンビエントミュージックの名盤。水の滴り、せせらぎや波の音、鳥のさえずり、昆虫の鳴き声など、数々の自然の音を基調にしながら、ピアノやシンセサイザーなどの人工的な楽器の音をちりばめて、音楽性と非音楽性の間に揺れながら醸し出される情緒的なイメージやノスタルジックな心象風景が新鮮に胸に響く1枚です。日本のアンビエントミュージックの金字塔ともいえる広瀬豊の「Nova」、お持ちでしたらぜひ買取のお申込みをご検討ください。

 
 


ノスタルジア Nostalghia(ARCA?NGELO、ARC1178)

「Nova」を発表した後、87から91年にかけて立体音響のための作品としてレコーディングを重ねていた素材音源を基調に、譜面やパソコンの打ち込みなどを一切用いず、即興的なメロディーやフレーズをつなげて構成するという実験的な音作りを取り入れています。メロディーは極力排し、音そのものに没頭できる音響性が強調されており、そこから立ち上るイメージは洪水のように押し寄せて絶えず新鮮な感情を換気させる魅力に満ちています。価値あるこの1枚、お持ちでしたら買取のお申込みをお待ちしておりますので、ぜひご検討ください。

 
 

広瀬豊のレコード、売却するなら「エコストアレコード」が1番

 

日本のアンビエントミュージックの第一人者として、確固たる地位を築いているのが広瀬豊です。1986年に「Nova」を発表して環境音楽の分野に金字塔を打ち立てましたが、日本のみならず海外からの評価も高く、2019年にはスイスのレーベルから同アルバムがリイシューされるほどの人気を誇っています。広瀬豊のレコードをお持ちのままどこかにしまい込んでいらっしゃいませんか?ご不要であればぜひエコストアレコードまでご連絡ください。

 
 

 

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中古レコードの買取で注目されているアンビエント(環境音楽)の作曲家、芦川聡の人気のタイトルとは?

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波の音や鳥の声のように自然に耳に入ってきて、なおかつ邪魔にならない音楽がアンビエント・ミュージックです。芦川聡はアンビエントの隆盛に力を注ぎ、多くの功績を残しました。30歳という若さで早逝したため、名前を聞いたことがある人は少ないかもしれません。この記事ではアンビエントと芦川聡、買取で人気の芦川聡のレコードについてお伝えします。

 
 

癒し系の音楽アンビエントとは

 

アンビエント・ミュージックは環境音楽と訳され、1960年代から1970年代にかけてシンセサイザーなどの新しい楽器の誕生と同時期に現れた音楽です。聴くことを意識させない音楽で、ニューエイジ・ミュージックの自然や生命などを想起させる内省的な部分や、雅楽やビザンチン聖歌に見られる音を長く伸ばすというドローン・ミュージックの特徴を持っています。そのため、わざとダイナミズムを排し繰り返しを用いた、スローテンポな落ち着いた雰囲気を持つ曲も多いです。演奏はピアノから琴まで多彩な楽器で奏でられますが、それらの楽器の音をシンセサイザーで作って演奏しているものも多数あります。アンビエントのオープンなスタイルから、クラシックや前衛音楽、ジャズなど幅広い音楽とも親和性があります。

アンビエントの起源は、エリック・サティの室内音楽「家具の音楽」だと言われています。サティの定義では「家具のように存在し、意図的に聴かれないための音楽」です。その後、イギリスの作曲家ブライアン・イーノのアルバムで、初めて「アンビエント」という言葉が使われます。イーノのアルバムは実用音楽として空港で使われた、初めてのアンビエント・ミュージックです。アンビエントは、日本では1980年代に「癒し系ミュージック」として認識されました。しかし大型商業施設のBGMや電車の発車メロディなどもアンビエントなので、多くの人は意識しないままアンビエントの洗礼を受けています。

 
 

アンビエント・ミュージックの普及に尽力した芦川聡について教えます

 

芦川聡は1953年に東京で生まれた作曲家で、レコード会社のオーナーでもあります。1983年に30歳の若さで事故死するまで、アンビエントの発展のために貢献しました。大学時代に現代音楽に興味を持った芦川聡は、独立するまで豊島区にあった「アール・ヴィヴァン」で働いていました。アール・ヴィヴァンは、現代音楽のレコードも扱っていた美術書専門の書店です。芦川聡はこの当時からブライアン・イーノの環境音楽について雑誌に執筆したり、店を訪れる若者にテリー・ライリーやコーネリアス・カーデューなどのミュージシャンについて紹介したりしています。

1970年代後半からは同時代の音楽家である藤枝守や高田みどり、吉村弘とコラボレーションしたり、実験的なパフォーマンスを行ったりと積極的に活動しました。1982年に、環境音楽のレーベル「サウンド・プロセス」を設立します。1983年には「サウンド・プロセス・デザイン」に社名を改めました。「音をデザインしたり、映像や空間のプランニング、プロデュースをする」というコンセプトの会社でした。

芦川聡の残した文章は、死から3年後の1986年に知人たちによってまとめられ「波の記譜法?環境音楽とはなにか」のタイトルで出版されています。「波の記譜法(Wave Notation)」はサウンド・プロセスからリリースされたアルバムのシリーズ名で、アンビエントを端的に説明した簡潔でわかりやすい言葉です。このシリーズの第1弾は吉村弘の「ナイン・ポスト・カード」、第2弾が芦川聡本人の「Still Way」です。「Still Way」は、1999年にサウンド・プロセス・デザインの「CRESCENT(クレセント)」というレーベルからCDでもリリースされています。

 
 

アンビエントの草分け芦川聡の買取で人気のレコードをご紹介します

 

芦川聡が亡くなったのは、レコード会社サウンド・プロセスを設立した翌年のことです。そのため残したアルバムは「Still Way」のみとなります。

 


「スティル・ウェイ」 Sound Process, WN 002

1982年に芦川聡自らリリースした、アンビエント・ミュージックのアルバムです。芦川聡が作曲した楽曲を、高田みどり(ヴィブラフォン、ピアノ)や内海裕子(ハープ)、芦川まさみ(フルート)などの女性奏者が演奏しています。「Still Sky」や「Image Under The Tree」など、静謐で情緒豊かな日本の風景が浮かぶような6つの楽曲が収録されています。「Image Under The Tree」に因んだカバー・デザインは吉村弘です。高田みどりと芦川聡、Gareth Quinn Redmondによる解説が付いています。

 
 


「Still Way」We Release Whatever The Fuck We Want Records, WRWTFWW030

「Still Way」は、2019年にスイスでリリースされています。日本でリリースされたものと同じカバー・デザインですが、ジャケットの右上には木の葉がプリントされています。収録曲は日本版と同じです。2019年のグラミー賞で、1980年から90年にかけて制作されたアンビエント・ミュージックやニューエイジ・ミュージックを集めた「KANKYO ONGAKU: JAPANESE AMBIENT ENVIRONMENTAL & NEW AGE MUSIC 1980-90」が最優秀ヒストリカルアルバム部門にノミネートされ、芦川聡の楽曲も含まれていたことから世界的に注目されました。

 
 

想像力を刺激する芦川聡のレコードを売るならエコストアレコードへ

 

芦川聡は自らの音楽を「静止した瞬間を列ねたような音楽」と表現しています。メッセージ性の少ない、癒される音楽です。2019年のグラミー賞のノミネートでも注目された芦川聡のレコードは、累計買取枚数1500万枚を誇るエコストアレコードにお売りください。レコードの知識と経験が豊富なスタッフが、お持ちいただいたレコードを1枚1枚丁寧に査定します。

 
 

 

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「アンビエントミュージック界のレジェンド」こと高田みどりのレコードの買取り相場とは

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高田みどりはアンビエントミュージックを代表する音楽家の一人ですが、彼女がより知られるようになったのは、動画共有サービスで多くの注目を集めるようになったことがきっかけです。では、彼女のレコードはどれくらいの価値があるのでしょうか。以下では、高田みどりの人物像に触れたうえで、レコードの買取り相場について紹介していくことにしますので、お手元にお持ちの方はぜひ参考にしてください。

 
 

高田みどりとはどんな音楽家なのか?

 

高田みどりは、日本を代表するパーカッショニストの一人で、アンビエントやミニマル・ミュージックの作曲家としても知られています。そんな彼女は、幼少期からピアノを習い始め、早くも13歳の頃には打楽器の才能を発揮し始めています。その後、東京藝術大学へと進学し、在学中からミニマル・ミュージックのスキルを磨くべく海外を渡り歩く中でプログレッシブ・ロックやフリージャズとの出会いが彼女の飛躍のきっかけとなるのです。大学を卒業すると、すぐにプロのミュージシャンとして活動を始め、芸術家や彫刻家などとコラボレーションして彼らのサウンド・インスタレーションを担当することになります。一方、打楽器奏者としても、ミュンヘン国際音楽コンクール打楽器部門で3位入賞を果たすなど実力を見せ始め、1978年にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の打楽器奏者として晴れてデビューすることになるのでした。

以降も精力的に活動を続けるのですが、そんな高田みどりがさらに飛躍を遂げることになったのは、2013年にあるブロガーが無断で彼女の作品である「鏡の向こう側」を動画共有サービスにアップロードしたことがきっかけです。著作権侵害の申し立てによって削除されるまでに、その動画の再生数は100万回を超え、それを契機に彼女が参加したパーカッションアルバムが再版されるなど大きな反響を巻き起こすことになりました。

このように、日本だけでなくグローバルに活躍している高田みどりですが、その音楽は単に現代音楽の範疇に留まりません。アジアンミュージックやアフリカンミュージックのミュージシャンたちと共演したかと思えば、アートやダンスなどともコラボレーションするなど、特定の音楽に捉われない広範な活動が彼女の魅力となっているのです。2016年には世界中を回るコンサートツアーを開催するなど、その活躍は留まるところを知りません。なお、彼女が音楽活動を始めた1970年後半から80年代にかけては、まだまだ世界の伝統音楽の情報を得るのが難しかったことから、そういった音楽を手掛けるミュージシャンが来日する際には積極的にアプローチして、レコーディングをさせてもらうといった取り組みを行っていました。高田みどりの活躍は、そのような地道な努力の賜物でもあるのです。

 
 

高田みどりの代表作とは?

 
 

ここで高田みどりの代表作ともいえるレコードをご紹介。

 
 


「鏡の向こう側」(RVC, RCL?8369)

こちらの作品は、1983年に発売された高田みどりのソロアルバムです。「時間と体、体の内部に向かうことに対し体がどう反応するか」というテーマを掲げたこの作品において、彼女はマリンバやゴング、カウベル、オカリナ、タムタム、足踏みオルガンといった数多くの楽器を全て一人で演奏しています。また、コーラの瓶なども楽器として取り入れるなど、まさに彼女の自由な発想をいかんなく発揮した名作に仕上がっているのです。全部で4曲が収録されているのですが、いずれも他にはないような複雑な音のレイヤー構造を持つものばかりであり、その独特の音楽性は、日本だけでなく海外においても高く評価されています。

 
 

 

「THROUGH THE LOOKING GLASS」(Palto Flats, PFLP 006)

こちらは2017年に海外で製造・発売された再発盤。2010年代に入って動画共有サービスへのアップロードがきっかけになって高田みどりが改めて注目を浴びた、そののちに発売されました。先述の通り元々は1983年にリリースされた作品ですが、それから30年以上たっても管楽器の奏でる心地よい音や意識に溶け込むパーカッションは多くの人々を魅了してやみません。海外で再発されたという点も彼女の評価の高さがうかがいしれます。

 
 

知ってる?査定額を上げるためのポイント

 

レコードを買取に出す際には、いくつかの点に注意するだけで査定額が大きく上がる場合があります。特に、手元に作品の帯が残っているという場合には、できる限りそれも一緒に買取りに出すようにしてください。というのも、帯があるのとないのとでは査定額が大幅に異なるからです。また、査定額はどこに買い取ってもらうかによっても違ってきます。いくら評価の高い作品であっても、それを見抜くスキルを持った査定士がいなければ本来の価値よりも低い査定額になってしまうかもしれません。この点、エコストアレコードでは、レコードなどの買い取りを専門に行っており、専門の査定士も在籍していますので、お客様の大切なレコードの価値を正しく査定することが可能です。

 
 

高田みどりのレコードの買取りはエコストアレコードにお任せください

 

以上で見てきたように、高田みどりは日本だけでなく海外においても活躍しているアンビエントミュージックの第一人者です。動画共有サービスをきっかけに注目が高まった彼女のレコードを売るのであれば、まさに今が売り時です。エコストアレコードは、お客様のニーズに応じて、宅配買取りや出張買取り、持込み買取りといった様々な方法での買取りを行っていますので、もし彼女のレコードを売る場合は、ぜひ気軽にご相談ください。

 
 

 

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日本のアンビエント(環境音楽)の第一人者、吉村弘の買取で人気のレコード

買取価格:¥

吉村弘と聞いてもピンと来ない人も多いでしょう。しかし、知らないうちに吉村弘の作曲した楽曲を聞いたことがある人も多いはずです。アンビエントはじっくり聴くと言うよりは実用的な音楽で、パソコンの起動音や空港などのBGMなどとして流れています。アンビエントと日本のアンビエントの先駆けとなった吉村弘、買取で人気の吉村弘のレコードをご紹介します。

 
 

アンビエント(環境音楽)とは?

 

アンビエントは環境音楽と訳されます。リラックスするために聞く、鳥のさえずりや波の音などの自然の音のことではありません。しかし定義としては自然の音に近く、聞く人が聴くことを意識しないで聞ける環境に溶け込む音楽です。わざとダイナミクスは付けず、繰り返しやスローなテンポなどによって聞く人から意識されない音楽となっています。音の動きを最小限に抑えパターン化した音を繰り返すミニマルミュージックや、ドローンのようなアプローチが多用されます。ドロ-ンとは一定の持続する音のことです。多くは低音で、演奏する楽器や楽器の部分のことも指します。雅楽や、ビザンチン聖歌などにルーツを持つとされます。

アンビエントは1960年代から1970年代に生まれた音楽で、ピアノや弦楽器などで演奏されるほか、これらの楽器の音がシンセサイザーで再現されることもあります。アンビエントとシンセサイザーなどの新しい楽器が同じころに生まれたためで、アンビエントはシンセサイザーと親和性があります。フランスの作曲家エリック・サティの「家具の音楽」が起源とされ、1978年のブライアン・イーノのアルバムで「アンビエント」という名称が使われました。ブライアン・イーノは、「Windows95」などの起動音を作ったことで有名です。このアルバムは実用音楽として、実際に空港で使用されています。日本では1980年代後半にハウスやテクノといった音楽が流行し、それに伴ってニューエイジ・ミュージックの要素を持つアンビエントが「癒し系音楽」として認識されました。

 
 

アンビエント(環境音楽)の有名なアーティスト吉村弘について教えます

 

吉村弘は1940年生まれの音楽家で、日本の環境音楽の草分け的存在です。アンビエントだけでなくグラフィック・デザインやビジュアル・ポエトリー、自身の体を使った即興パフォーマンスなど幅広い分野で活躍しました。国立音楽大学や千葉大学などで非常勤講師を歴任したほか、美術館などで市民参加のワークショップにも取り組みました。TOA株式会社との共同施工で手がけた、音デザイン事業も多数あります。TOAは世界で初めて拡声器を開発したことで知られる、業務用の音響機器とセキュリティー機器の専門メーカーです。

代表作は、NHK邦楽委嘱作品「アルマの雲」です。アルマはスペイン語など、ラテン系の言語で「魂」や「心」を意味します。琴で演奏され、演奏時間は10分50秒です。日産スタジアム(横浜国際総合競技場)の音環境デザインや、神戸市営地下鉄海岸線の音デザインも手がけています。神奈川県立近代美術館の葉山館と鎌倉館では、開館時と閉館時に吉村弘の作った音楽が流れます。葉山館の音楽は、葉山の風や海に沈む太陽などを想起させます。鎌倉館の音楽は、鎌倉館の蓮池にインスピレーションを得て作曲されました。

 
 

アンビエントの草分け吉村弘の人気レコード作品

 
 

吉村弘の買取で人気のレコードをご紹介します。

 
 


「AIR IN RESORT(A・I・R)」LP型番SSD-1206
 

1984年に資生堂の「春の化粧品デー」でプレゼント用に製作された、非売品のレコードです。香水の販売促進のために作られ、もともとは「A・I・R」と書かれたグリーンのビニール袋に入れられていました。レコードは透明なビニールに入っており、グリーン(森)の香りの香水が付着しています。穴の周りにあるラベルはA面が森をイメージさせるグリーン、B面が海をイメージさせるブルーです。A面は「Forest Side」、B面は「Sea Side」で、「森の夜明け」「きらめく海」などのタイトルが各3曲ずつ入っています。曲の長さは4分から7分ほどです。

 
 


「Green」LP型番AIR-001
 

1986年にリリースされて以来、日本をはじめアメリカやイギリスなどでも多くのバージョンが販売されています。1985年から86年にかけてホームスタジオで録音されました。ジャケットには拡大されたシャコバサボテンの葉が使われ、ジャケットの全面を占めています。緑をテーマに「Creek」「Feel」「Sheep」など、全8曲が収録されています。シンセサイザーの柔らかな音色です。

 
 


「Pier & Loft」LP型番RFLP004
 

「Pier & Loft」は1983年にカセットテープで発売され、2017年に初めてレコードとしてリリースされました。ファッション・エキシビジョン「ピア&ロフト」のために製作した楽曲をまとめたもので、「Horizon I’ve Ever Seen Before」「Tokyo Bay Area」など7つの海を想起させる楽曲を聞くことができます。耳に残って、知らず知らずのうちに口ずさんでしまいそうな曲ばかりです。

 
 

音楽界の絶対的癒し系!吉村弘のレコードを売るならエコストアレコードへ

 

吉村弘の楽曲は、耳を澄ませて聴く曲ではありません。曲を流している人の邪魔をせず、癒してくれる音楽です。吉村弘のレコードを売るなら、知識の豊富なレコード専門の買取店が適しています。エコストアレコードは、国内最大級の中古レコード買取専門店です。累計1,500万枚以上の買取実績と独自の商品データベースを駆使して、お客様の大切なレコードを丁寧に査定します。

 
 

 

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レコードにくわしそうだったのでエコストアレコードに買取を任せた。

買取価格:¥

実家を片付けたかったのでレコードを売った。

レコードにくわしそうだったのでエコストアレコードに買取を任せた。

昭和30年代、40年代のレコード・カセットを買い取ってくれた。

買取価格:¥

ダンボール支給、集荷サービスがありエコストアレコードの買取サービスには満足。スタッフの対応も親切で説明が分かりやすい。昭和30年代、40年代のレコード・カセットを買い取ってくれ満足。

後期高齢者となり、身辺整理のためレコードを売った。

電話応対と売却手続き、身辺確認など適正な会社と認めたためエコストアレコードを選んだ。

古物商許可番号:第303310107001号/東京都公安委員会


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