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中古レコード買取の専門家が解説。ピンク・フロイド(Pink Floyd)作品の買取額は?

買取価格:¥

「昔よく聴いていたピンク・フロイド(Pink Floyd)のレコード。もう聴かないから買取してもらおうかな」とお考えですか?もしかすると、あなたがお持ちのそのレコード、今なら高く売れるかもしれません。

プログレッシブ・ロックの代表格であり、ロック史上最高のバンドの一つに数えられるピンク・フロイド。1967年のデビュー以降、後に傑作と呼ばれるアルバムを続々と発表、イギリスのロック界を牽引する大きな役目を果たしました。彼らの人気は衰えることを知らず、今の若い世代にもファンが沢山います。人気が高いのは彼らのレコードも同じです。中古レコード市場では高額で取引されているものが多数あります。

そんな価値のあるレコードが高く売れるのだと知っておいて損はないはず。ピンク・フロイドのレコード買取について調べているあなただけにお得な情報をこっそりお伝えします。

 
文:福田俊一(Ecostore Records)
 
 

ピンク・フロイド(Pink Floyd)とは?


ピンク・フロイドは1964年にイギリス・ロンドンで結成。当時のメンバーは、シド・バレット(Syd Barrett)、ニック・メイスン(Nick Mason)、ロジャー・ウォーターズ(Roger Waters)、リチャード・ライト(Richard Wright)、そしてボブ・クロース(Bob Klose:1965年に脱退)。イギリス初のサイケデリックグループの一つとして活動初期から人気を集め、長尺の楽曲、実験的な音響、哲学的な歌詞、そして手の込んだライブショーが彼らの特徴です。

1967年にファーストシングルとなる「アーノルド・レーン(英題:Arnold Layne)」を発表しイギリスの音楽チャートで20位を記録。続けてセカンドシングル「エミリーはプレイガール(英題:See Emily Play)」をリリースすると6位を記録するヒットとなりました。同年には記念すべきデビュー・アルバム『夜明けの口笛吹き(英題:The Piper at the Gates of Dawn)』を発表。この作品における全11曲のうち8曲を作詞・作曲したのがシド・バレットです。彼はピンク・フロイドの活動初期から在籍するメンバー。ボーカリストであり、ギタリストでもあり、何よりもバンドの中心人物でした。しかし、次第にバンドに暗雲が立ち込めます。そんなバレットの活躍によりピンク・フロイドはファンから人気を集めてゆきましたが、ストレスなどが原因となり1967年後半になると彼はLSD等のドラッグに溺れていってしまったのです。その結果、精神的に不安定な状態に陥ることとなり、演奏にも影響が出始め、1968年にバレットは遂にバンドを脱退。ピンク・フロイドは核ともいえる重要人物を失ったのです。(バレットと代わるようにバンドに加入したのがギタリスト、デヴィッド・ギルモア)

メンバー変更はピンク・フロイドの音楽性に変化をもたらしながら、セカンドアルバム『神秘(A Saucerful of Secrets)』を生み出します。更にその2年後、1970年には『原子心母(Atom Heart Mother)』をリリース。同作は全英チャートで1位を記録するヒットとなりました。この作品がきっかけとなり、ピンク・フロイドはプログレッシブ・ロックの人気バンドとして広く知れ渡ることに。1971年には『おせっかい(Meddle)』、1973年に『狂気(The Dark Side of the Moon)』と続々と作品を発表。『狂気』はあらゆる面において完成度が高い作品で、全米チャートにおいて1位を記録。現在までに5,000万枚以上というとてつもないセールスを誇り、史上最も売れたロック・アルバムの一つとしても有名。その後も1975年作『炎 ~ あなたがここにいてほしい(Wish You Were Here)』、1977年作『アニマルズ(Animals)』、1979年作『ザ・ウォール』と立て続けに大名作アルバムを世に送り出しました。

ピンク・フロイドはプログレッシブ・ロック史上最高のバンドと称され、高い評価が与えられているのと同時に今も大きな注目を集めています。

高価買取される?ピンク・フロイドの輝かしいレコード作品をご紹介


Pink Floyd / The Piper At The Gates Of Dawn(Tower, 型番:ST-5093)

1967年発表。ピンク・フロイドにとってのデビュー作。日本での発売時に付けられた邦題は『サイケデリックの新鋭』でした。

 


ピンク・フロイド / エミリーはプレイガール(Odeon, 型番:OR-1785)

当店ではこちらの日本盤7インチレコード(1967年発売、黒盤)の盤面にキズが少々あり、ジャケットにも劣化があるものを30,000円で買取しました。

 


Pink Floyd / A Saucerful Of Secrets(Odeon, 型番:PSCX 6258)

1968年発表。

こちらは型番がPSCXで始まるUKオリジナル盤。Columbiaの商標登録がなされていない国々への輸出用としてプレスされた貴重なレコード。本来レーベルはColumbiaですが、こちらのプレスではその代わりにOdeonになっています。

エコストアレコードでは経年劣化がやや見受けられるこちらの商品を120,000円で買取しました。

 


ピンク・フロイド / 原子心母(英題:Atom Heart Mother)(Odeon, 型番:OP-80102)

1971年発売。5作目となるスタジオ録音作品。イギリスのデザイン・グループ「ヒプノシス」による牛がデザインされたアートワークも有名な一枚です。

 


ピンク・フロイド / おせっかい(英題:Meddle)(Odeon, 型番:OP-80375)

1971年発売。イギリスの音楽チャートで第3位となるヒットを記録。ファンの間では絶大な人気を誇る楽曲「エコーズ(Echoes)」を収録した大名盤。

 


ピンク・フロイド / S.T.(東芝音楽工業/Odeon, 型番:PRP-32)

1971年制作の国内盤非売品レコード。

本作は、世界中で日本でしか流通しなかった東芝音楽工業制作の非常に希少な非売品サンプラーLP。音源自体は過去のピンク・フロイド楽曲ですが、レコードとしては日本盤だけで存在し、世界中のレコードコレクターにとっては喉から手が出るほど欲しい珍しい一枚。牛の頭のジャケット写真も大きなインパクトがあります。

当店ではジャケットに汚れがやや目立つこちらの商品を95,000円で買取しました。状態が良ければもっと高額での買取が期待できます。

 


Pink Floyd / The Dark Side Of The Moon(Harvest, 型番:SMAS-11163)

1973年発表。ピンク・フロイドの8作目となるアルバム。邦題は『狂気』。5,000万枚以上を売り上げ、世界中で最も大きなセールスを誇るアルバムの一つとなりました。

 


Pink Floyd / A Momentary Lapse Of Reason(EMI, 型番:EMD-1003)

1987年発表。

ピンク・フロイドにとって13枚目となるスタジオアルバム。邦題は『鬱(うつ)』。イギリスでは1987年9月7日にEMIから発売され、アメリカでもその翌日にColumbiaからリリースされました。本作は、設立時からのメンバーだったロジャー・ウォーターズ脱退後のピンク・フロイドとしては初のアルバム。それまでのピンク・フロイドのアルバムとは異なり、この作品はコンセプト・アルバムではありません。元々デヴィッド・ギルモアの3枚目のソロ作に収まる予定だったバンド外の作曲家が担当した楽曲も収録。

 
 

ピンク・フロイドのレコードを売るならエコストアレコード

ピンク・フロイドはただのロックバンドではありません。ファンの心を掴んで離さないそのカリスマ性と、聴くものを魅了してやまない彼らの音楽性。これまでのレコードとCD作品の総売り上げは実に2億5,000万枚にも達するといいます。マイケル・ジャクソンの人気作『スリラー』の次ぐ過去2番目のセールスとなる『狂気』を筆頭に、名作として語り継がれるアルバムがピンク・フロイドには多くあるのです。

そんなピンク・フロイドのレコード作品が今も人気です。

発売当時こそ熱心に聴いていたレコード。あれから数十年が経ちますが、押入れで眠っているだけではありませんか?実はそれは非常に勿体ないことなのです。今の時代、不要なレコードは売れば現金になります。ここ数年、世界中でレコード人気が再燃しており、「レコードが再ブーム」だと大きな話題になっています。もちろん、日本国内もその例外ではありません。中古レコード店も賑わいを見せており、その盛り上がりはかつての全盛期を思い起こさせるほど。現在はそれだけレコードの需要が高い、ということなのです。

今までは値段があまり上がらなかったレコード作品であっても近年では驚くほど高額で買取されている作品も。元々人気が高いピンク・フロイドのレコードならなおさら今売るのが得でしょう。

中古レコード買取専門店エコストアレコードでは、「宅配買取」「出張買取」「持ち込み買取」という3つの買取方法を展開。処分したいレコードの量や内容に最適な方法、お客様にとって最も負担がない方法を当店が提案いたします。今ますます貴重になっているピンク・フロイドのレコードは当店が自信を持って高価買取いたします。買取のお申し込み、ご不明な点はエコストアレコードの窓口までお気軽にお問い合わせください。お電話、メールを心よりお待ちしております。

 
 

福田俊一のアバター

筆者: 福田俊一(ふくだ・しゅんいち)

FTF株式会社 制作部/販売部兼務。買取部門のコラムやnoteのほか、販売部門の特集コラムを執筆。大学卒業後にレコード収集に興味を持ち、約15年かけてジャズレーベル、ブルーノートの(ほぼ)すべてのLPをオリジナルで揃えた。


 
 

 

 

※本サイトに掲載されている記事の著作権はFTF株式会社に帰属します。投稿した記事のリライトの可能性が高い場合は顧問弁護士と協議の上、即日中に法的な処置を行います。

ジャズ界の伝説的アーティスト、ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)のレコード買取は?

買取価格:¥

ジャズのレコード買取というと、どんなアーティストが高価なのかイメージできますか?今回取り上げるサックス奏者、ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)も人気が高いミュージシャンのひとり。

ロリンズはモダンジャズ黎明期ともいえる古い時代から第一線で活躍。チャーリー・パーカーやマイルス・デイヴィス、セロニアス・モンクらと共に活躍し、一時代を築いたまさにジャズ界の伝説的な存在です。ジャズの歴史に傑作と呼ばれる作品を数多く残してきました。

そんな彼は高い評価を受けているため、高額で買取されるレコードがいくつもあります。「ジャズが大好きだった父親のレコード、私には価値なんてちっとも分からないから」なんて考えていませんか?このコラムはまさしくそんなあなたに読んで頂きたい、知って得するジャズのレコードの価値をご覧いただきます。

ご自宅・ご実家で放置したままの古いジャズのレコードの処分を検討している方は見逃し厳禁。特に、ジャズミュージシャン、ソニー・ロリンズのレコードを所有している方は必見です。

 
文:福田俊一(Ecostore Records)
 
 

ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)って、どんなミュージシャン?

ソニー・ロリンズ_レコード_買取_1

 

ソニー・ロリンズはモダンジャズの歴史を代表する、著名なテナーサックス奏者です。彼は1930年、アメリカ領ヴァージン諸島出身の両親のもと、3人兄弟の末っ子として米国ニューヨークで誕生。幼い頃に元々はピアノを演奏し始めましたが、後に楽器をアルトサックスへと変更。さらにその後、テナーサックスを演奏するようになりました。高校時代にはのちに彼と同じくジャズ界のスターとなるジャッキー・マクリーン、ケニー・ドリュー、そしてアート・テイラーとバンドを組んで音楽を演奏していたそうです。

1948年に高校を卒業したロリンズはプロ・ミュージシャンの道へ。翌1949年に歌手、バブス・ゴンザレスのセッションに加わったのが彼にとって初のレコーディングとなりました。1953年にはプレスティッジから『ソニー・ロリンズ・ウィズ・ザ・モダン・ジャズ・カルテット(英題:Sonny Rollins With The Modern Jazz Quartet)』を発表し、その後もブルーノートやリバーサイド、コンテンポラリー、RCAビクター、インパルス等から続々と作品をリリース。音楽活動を精力的に展開してゆきます。1956年にはプレスティッジへ録音した『サキソフォン・コロッサス(英題:Saxophone Colossus)』を発表。同作に収録されたロリンズ作の楽曲「セント・トーマス(St. Thomas)」は、以降多数のアーティストにカバーされ、モダンジャズにおいては有名なスタンダード曲の一つになっています。1957年には2作品『ウェイ・アウト・ウェスト(コンテンポラリー)』と『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜(ブルーノート)』をリリースし、ピアノ奏者を配さない、テナーサックス/ベース/ドラムという3人のみでのレコーディングをするように。このバンド編成はロリンズのスタイルの特徴でもあり、その後の彼の作品でも度々見られることになります。

また、ソニー・ロリンズは大の親日家としても知られています。1963年に初来日を果たして以来、度々日本を訪れているほか、1970年代には自身のバンドに日本人ジャズギタリスト、増尾好秋が参加したりと私たち日本人にも馴染み深いジャズミュージシャンなのです。

 

■ソニー・ロリンズが作品を残した主なレーベル

・プレスティッジ(Prestige)
・ブルーノート(Blue Note)
・コンテンポラリー(Contemporary)
・リバーサイド(Riverside)
・RCAビクター(RCA Victor)
・インパルス(Impulse)
・マイルストーン(Milestone)

 

ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)の作品は高価買取される?

ソニー・ロリンズ_レコード_買取_2

Sonny Rollins / Way Out West(Contemporary, 型番:S7530)

1958年発表。

ニューヨークで生まれ、同地を活動の拠点にしていたロリンズが西海岸ジャズの代表格コンテンポラリーに吹き込んだ作品。ベース奏者レイ・ブラウン、ドラム奏者シェリー・マンと組んでのセッション。3人はそれまで共に演奏もレコーディングもしたことがなく、本作で初顔合わせとなりました。荒野でロリンズがステットソンのハットを被り、ホルスターを装着しサックスを構えてポージングしているジャケット写真も魅力的なアルバムです。

この作品のオリジナル盤は今から60年以上も前に製造された非常に貴重なもの。数も少なく珍しいうえに、その音質が素晴らしいとマニアの間では大人気。買取でも高額になる一枚です。

 

 

ソニー・ロリンズ_レコード_買取_3

Sonny Rollins / A Night At The Village Vanguard(Blue Note, 型番:BLP 1581)

1957年発表。

ニューヨークの名門ジャズクラブ、ヴィレッジ・ヴァンガードでのライブ録音作品。ロリンズの特徴ともいえるピアノレス・トリオ編成です。スタンダードナンバー「朝日のごとくさわやかに(英題:Softly As In A Morning Sunrise)」やディジー・ガレスピーの名曲「チュニジアの夜(英題:A Night In Tunisia)」を収録。ピアニストがいないだけに、良い意味で各楽器の音が生々しい、臨場感たっぷり迫力満点の演奏が聴きどころ。

ブルーノートの1950年代半ば~終わりに発表された作品群はその型番から一括りに1500番台と呼ばれ、オリジナル盤レコードは圧倒的な希少価値があり大きな人気を集めています。

当店ではこちらの商品の盤面にキズがあるオリジナル盤を12,000円で買取しました。美品であれば当然もっと高額での買取となります。

 

 

ソニー・ロリンズ_レコード_買取_4

Sonny Rollins / Newk’s Time(Blue Note, 型番:BLP 4001)

1959年発表。

ブルーノートは名作を多く生んだ輝かしい1500番台を1958年に終え、その後は新たなシリーズ4000番台へと移行してゆきます。その4000番台の記念すべき第一作目となったのが本作。マイルス・デイヴィスの名曲「チューン・アップ」のほか、「飾りのついた四輪馬車(英題:The Surrey With The Fringe On Top)」などを収録。名ピアニスト、ウィントン・ケリーらリズム隊とのワンホーンによる吹き込みでファンの心を掴んで離しません。

当店ではこちらの商品の盤面にキズがやや目立つオリジナルを23,000円で買取しました。状態良好品であれば買取額はもっと上がります。

 

ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)のレコードはいつ売るのが正解?答えは…

 

今回は、ソニー・ロリンズのレコード作品には高い金額で買取される作品がある、ということをお伝えしました。レコードというのは、今も新品で販売されているものが数え切れない程あります。しかし、ロリンズの古いレコードは数十年も前に製造された非常に貴重なもの。そんなお宝のような大事なものを、二束三文で容易に売ってはいけません。

近年、アナログレコードは幅広い世代でかつてのような盛り上がりをみせています。昔のアーティストのレコードが注目されているだけでなく、今の時代の歌手も作品をレコードで発売することもあるほど。それだけレコードは今、”熱い”存在なのです。

あなたの大切なレコード・コレクション。それなら一体、いつ売れば良いのでしょうか?

その答えは、まさにレコード人気が再燃している「今」が正解。中古市場では以前よりも遥かに高額になっているレコードが沢山あります。10年ほど前まで売値がたったの数百円だったレコード作品が、世界的にも人気が急上昇し、気付けば今ではもう1万円にまで達するものも。それならいっそのこと、値段が高騰している今売るのがベストなのはお分かりいただけますね。

エコストアレコードは東京都渋谷に拠点を構える中古レコードの買取専門店。ジャズは勿論、ロックや邦楽/洋楽など、音楽ジャンルや年代は問いません。音楽は専門的な知識が必要になりますが、当店では各ジャンルに精通したスタッフが充実。自慢のレコード知識と豊富なデータを強みに、希少なレコードを中心に高額買取しています。

あなたが売ろうと考えているそのソニー・ロリンズのレコード、今すぐエコストアレコードで現金化しませんか?私どもが1点1点丁寧に査定いたします。ご不明な点がございましたらお気軽にお問い合わせください。皆様からの買取のご依頼をスタッフ一同心よりお待ちしております。

 
 

福田俊一のアバター

筆者: 福田俊一(ふくだ・しゅんいち)

FTF株式会社 制作部/販売部兼務。買取部門のコラムやnoteのほか、販売部門の特集コラムを執筆。大学卒業後にレコード収集に興味を持ち、約15年かけてジャズレーベル、ブルーノートの(ほぼ)すべてのLPをオリジナルで揃えた。

 
 

 

 

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【中古レコード買取コラム:ビートルズ(The Beatles)特集】レット・イット・ビー(Let It Be)を大解剖!

買取価格:¥

発売時期のずれ込みによりラストアルバムとなった「レット・イット・ビー(Let It Be)」。今回はそんな「レット・イット・ビー」の情報と、実際に高価買取されているThe Beatlesの中古レコードの特徴をご紹介します。
本作にはビートルズ(The Beatles)解散という衝撃的な闇が潜み、ビートルズの闇には常に「映画」の存在がありました。
本作「レット・イット・ビー」も、映画のサウンドトラックです。

「レット・イット・ビー」とは?

「レット・イット・ビー」はビートルズ解散から約1ヶ月後に発売されたアルバムです。
映画「レット・イット・ビー」のサウンドトラック盤ですが、実際に作中で使用されたのは5曲のみ。
その5曲のうち4曲は何かしらの手が加えられており、純粋な使用曲はA面オープニングの「ワン・アフター・909」のみです。

ポールの案で「原点に返ろう」をコンセプトに、オーバーダビングを使わないアルバム制作をスタート。
1969年1月末にほとんどの楽曲の録音を終えていたにもかかわらず、メンバー不仲による問題や、完成させるに至らなかったことで発売がずれ込みました。
そして、1970年1月に一部楽曲を再レコーディングしたり、3月から4月にかけてアメリカ人プロデューサーのフィル・スペクターに依頼して完成させるなどしたことが明らかになったことで、「レット・イット・ビー」がラストアルバムであるとされています。
しかし、この再レコーディングにはジョン・レノンは参加していないため、ビートルズとしてのラストアルバムといって良いかの判断は難しいところです。

「レット・イット・ビー」の収録時、ポールとジョージで意見が食い違い口論となっているシーンが映画でも使われています。
このシーンの後、ジョンとジョージの意見がぶつかったことで一時的にジョージの脱退が発生。
復帰するものの、スタジオとして使っていたトゥイッケナムスタジオでの収録を嫌い佐ヴィル・ロウのスタジオに変更しています。
この際、セッションプレイヤーにビリー・プレストンを招聘しますが、アルバムリリースには至らず「アビイ・ロード(Abbey Road)」との発売順が入れ替わることが決定しました。

その後、マネージャーの変更やポールの結婚、ジョージのマリファナ所持操作やジョンの結婚が縦続きながら「アビイ・ロード(Abbey Road)」の発売に漕ぎ着けたビートルズ。
1969年9月、小さなギグからコンサート活動を再開しようというポールの提案に対し、ジョンは断固拒否して脱退の意向を伝えました。
しかし、マネージャーはこの事実を公表せず、1970年4月にポールが身を引くことで事実上ビートルズの解散が決定します。

その1ヶ月後、来る5月8日に「レット・イット・ビー」が発売。
当初の「オーバーダビングを使わない」というコンセプトが無視されたことでポールは発売中止を要望しますが、アルバム発売に対する契約が1枚残っていたために不本意ながらも発売することになったのです。

高価買取されるThe Beatlesのレコードの特徴について

ビートルズのレコードはアルバム「LP」が注目されますが、シングル盤「EP」にも効果買取されるものは少なくありません。
LP同様に「帯」は必須ポイント。
また、発売する国によってジャケットのデザインが違うことはよくあることのため、その中でも発売枚数が少ないものは大変な価値があります。

「レット・イット・ビー(Let It Be)」を大解剖!


-収録曲-

【A面】

■ワン・アフター・909(The One After 909)
ジョン・レノンが17歳頃に作った曲。
ルーフ・トップ・コンサートでも演奏されています。

■ロッカー(Rocker)
ビートルズによる即興演奏です。

■セーブ・ザ・ラスト・ダンス・フォー・ミー(Save the Last Dance for Me)
ドリフターズのカバー曲です。

■ドント・レット・ミー・ダウン(Don’t Let Me Down)
ジョン・レノンが作った曲。
「オノ・ヨーコと一緒にいたジョンがヘロイン中毒で偏執病が酷くなり、心の叫びが歌となって現れた」とポールは語っています。

■ディグ・ア・ポニー(Dig a Pony)
ジョン・レノンが作った曲。
オノ・ヨーコへのメッセージを認めた曲となっています。

■アイヴ・ガッタ・フィーリング(I’ve Got a Feeling)
ポール・マッカートニーが作った「I’ve Got a Feeling」と、ジョン・レノンが作った「Everybody had a hard year」を組み合わせた曲です。

■ゲット・バック(Get Back)
ポール・マッカートニーが作った曲。
シングル盤には「ザ・ビートルズ・ウィズ・ビリー・プレストン」と表記されています。
ビートルズ解散の危機を脱出するために「原点に返ろう」というメッセージを込めたポールの叫びです。

■レット・イット・ビー(Let It Be)
ポール・マッカートニーが作った曲。
ポールの亡き母「メアリー・マッカートニー」が夢枕で「全てを受け容れるのです」との囁いていったことを歌っています。

 

【B面】

■フォー・ユー・ブルー(For You Blue)
ジョージ・ハリスンが作った曲であり、妻パティ・ボイドへのラブソングです。

■トゥ・オブ・アス(Two of Us)
ポール・マッカートニーが作った曲。
アップル・レコード所属のポールがプロデュースした「モーティマー」に提供した曲ですが、モーティマーでのレコーディングがなかったために使われました。

■マギー・メイ(Maggie Mae)
ビートルズの前身「クオリーメン」での楽曲です。

■ディグ・イット(Dig It)
ビートルズ4人で作り上げた曲です。

■ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード(The Long and Winding Road)
ポール・マッカートニーが作った曲。
1968年のビートルズの緊張感の中、スコットランドの農場で作られた曲です。
穏やかなスコットランドの美しさがポールの安らぎを表しています。

■アイ・ミー・マイン(I Me Mine)
ジョージ・ハリスンが作った曲。
人間の身勝手さを歌った曲で、本作のリハーサル時はジョンがオノ・ヨーコとワルツを踊っており、そのシーンを映画で使われたことから収録も3人で行われています。

■アクロス・ザ・ユニバース(Across the Universe)
ジョン・レノンが作った曲。
1967年当時、ジョンの妻であったシンシア・レノンが延々と喋り続けることに苛立ちを覚えていたことで生まれた曲です。

■ゲット・バック [リプライズ](Get Back [Reprise])

「レット・イット・ビー」のレコード高価買取はエコストアレコードへ

「レット・イット・ビー」を発売してビートルズの歴史は本当に終焉を迎えました。
たった8年間という短い期間に12枚ものアルバムを残したこともすごいことですが、数々の偉業を達成していることがビートルズの本当の魅力なのかもしれません。
そんなThe Beatlesの名盤がお手元で眠っていませんか?
国内盤だから値段がつかないかもと不安になることなく、まずはエコストアレコードにご相談ください。
思わぬ掘り出し物があるかもしれませんよ。

 

 

 

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テクノポップで一大旋風。クラフトワーク(Kraftwerk)のレコード買取のいま

買取価格:¥

1970年代に音楽シーンに登場し、テクノポップで一大旋風を巻き起こしたクラフトワーク(Kraftwerk)を覚えていますか?彼らのレコードにもまた、買取で高くなる作品があります。

発売当初、あまり聴きなれないクラフトワークという名のバンド、レコード店で興味を持ってあなたも思わず購入しましたね。あれから40年という年月が経ちましたが、未だに聴いていますか?それとも、聴くことなく物置でただ眠っていますか?

クラフトワークは今も世界的に人気が高いグループ。レコードという側面から見ても、ドイツのグループであることでドイツ盤オリジナル(初版)も人気ですし、帯が付いた日本盤レコードも需要があります。中古市場でまだまだ売れるということで、実はクラフトワークのレコードは買取で値がつきやすい部類にあります。その中には高価買取されるものまであります。

今回は、2021年に「ロックの殿堂」入りも果たしたドイツが生んだテクノポップバンド、クラフトワークの人気レコード作品をご紹介します。

 
文:福田俊一(Ecostore Records)
 
 

クラフトワークとは?

クラフトワーク_レコード買取_1

クラフトワークは1969年、ラルフ・ヒュッターとフローリアン・シュナイダーによってドイツ・デュッセルドルフで結成されたバンド。彼らはエレクトロニック・ミュージックを広めた、同音楽ジャンルで初めて成功したバンドとして知られています。1960年代末から1970年代初頭にかけて西ドイツで誕生した、実験的ロックバンドであるクラウトロックシーンの一員として活動。『アウトバーン(Autobahn, 1974年)』の商業的成功を皮切りに、『ヨーロッパ特急(Trans Europe Express, 1977年)』、『人間解体(The Man Machine, 1978年)』、『コンピューター・ワールド(Computer World, 1981年)』とヒットを飛ばしてゆきます。彼らは、ポップミュージックにシンセサイザー等を多用した電子音楽を融合させ、「ロボット・ポップ」というユニークな音楽スタイルを確立。斬新かつ画期的ともいえる、新しい風を当時の音楽界に吹かせました。ここ日本ではテクノポップという呼び方が度々使われますが、クラフトワークはまさしくそのジャンルのパイオニアだと言われています。彼らの音楽は、シンセポップ、ヒップホップ、テクノなど、後に多くのアーティストに影響を与えることに。そのことからもクラフトワークが音楽史においてどれだけ偉大な存在だったか、容易に分かるでしょう。

2000年以降も彼らの作品はCDやレコードで再発されています。つまり、それはクラフトワークの人気が衰退することなく、現在でも高い需要があることを意味しています。彼らの全盛期にリリースされた当時のレコードだって人気。中には高い金額で買取されている作品もあるほどなのです。

クラフトワーク人気盤レコードをちょっとだけ公開

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Kraftwerk / Radio-Aktivitat(Kling Klang, 型番:1C 062-82 087)

1975年発表。英語表記:Radio-Activity。

クラフトワークにとって5枚目となるスタジオ・アルバム。本作は「放射能」と「ラジオ電波」をテーマとし、シンセサイザーを駆使したサウンドが特徴。タイトル曲である「Radioactivity」は、2012年に日本のイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)がカバーしたことも有名な楽曲です。

 

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Kraftwerk / Trans Europa Express(Kling Klang, 型番:1C 064-82 306)

1977年発表。英語表記:Trans Europe Express。

 

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Kraftwerk / Computerwelt(Kling Klang, 型番:1C 064-46 311)

1981年発表。英語表記:Computer World。

本作は社会におけるコンピューターの台頭をテーマとして取り上げた一枚。まだ見ぬ21世紀を予感させる、クラフトワークならではのコンピューター・ミュージックが縦横無尽に展開されます。

世界的に注目されるクラフトワークの日本盤レコード

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クラフトワーク / アウトバーン Autobahn(Philips, 型番:BT-8103)

1979年発売日本国内盤(作品発表は1974年)。

彼らにとって4枚目となったアルバム。その名の通り、ドイツの高速道路「アウトバーン」にインスピレーションを受けて制作されました。後に有名になる反復リズムが特徴的なエレクトロニック・サウンドを演奏した最初の作品。イギリスやアメリカでヒットを記録し、クラフトワークの名を世に広く知らしめた永遠の名作です。

 

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クラフトワーク / 人間解体 The Man Machine(Capitol, 型番:ECS-81083)

1978年発売。

クラフトワークにとって7枚目となるアルバム。ラルフ・ヒュッター、フローリアン・シュナイダーと並んで、初めてカール・バルトスの名が作曲者としてクレジットされたました。ロボットと人間の融合を題材にし、何とも彼ららしい独特な世界観を提示する人気作品。リリース当初こそ振るいませんでしたが、4年後である1982年2月には全英音楽でチャートで最高9位となるヒットを記録。こちらの作品も今だに需要が高く、帯付き日本盤レコードは世界的にも需要が高まっています。

当店ではこちらの帯付き日本国内盤レコードの美品を1,500円で買取しています。

 

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クラフトワーク / エレクトリック・カフェ Electric Cafe(EMI, 型番:EMS-91205)

1986年発売。

前作『コンピューター・ワールド』から5年の月日を経てリリースされた、クラフトワーク通算9作目。2009年には「テクノ・ポップ」とタイトルを変えて再発されたことも記憶に新しい一枚です。

クラフトワークのレコードを売るなら今がベスト

このコラムを読んで、昔聴いたクラフトワークのレコードを売ってみようと考えた方も少なくはないはず。1970年代から1980年代、若しくはそれ以降も、クラフトワークは音楽シーンに衝撃ともいえる大きな影響を与えてきました。当時レコードもヒットし、音楽好き仲間の間で話題を呼びましたね。そうしてレコードを買ってみた、という方もいるのではないでしょうか。

あなたが持つそのクラフトワークのレコード、今なら高く売れるかもしれません。

レコードというのは人気がありつつ、なお且つ珍しい、希少性の高いものが高価買取される傾向にあります。つまり、需要が供給を上回れば、どんなアーティストのレコードでも高額で取引される可能性があるのです。

特にここ最近は、かつてレコードを聴いていた世代がまた聴くようになったのに加え、これまで親しみがなかった今の若い世代もレコードに興味を持ち聴く人が増えたようです。中古レコード店の店頭も活気があり、老若男女問わずあらゆる人たちがお目当ての品物を一生懸命探しています。その中にクラフトワークのレコードも当然あるわけです。

そのような観点からも、クラフトワークのレコードの売却をご検討であれば今こそ一番良いタイミングだといえます。再ブーム到来によりレコード買取店も増える中、どの業者へ売るのがいいのか迷う方も多くいらっしゃいます。査定歴30年を誇る当店にご依頼いただければ、あなたにも絶対にご満足いただけるでしょう。貴重なレコードの査定は、買取実績も豊富なエコストアレコードに迷わずお任せください。

 
 

福田俊一のアバター

筆者: 福田俊一(ふくだ・しゅんいち)

FTF株式会社 制作部/販売部兼務。買取部門のコラムやnoteのほか、販売部門の特集コラムを執筆。大学卒業後にレコード収集に興味を持ち、約15年かけてジャズレーベル、ブルーノートの(ほぼ)すべてのLPをオリジナルで揃えた。


 

 

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※本サイトに掲載されている記事の著作権はFTF株式会社に帰属します。投稿した記事のリライトの可能性が高い場合は顧問弁護士と協議の上、即日中に法的な処置を行います。

【中古レコード買取コラム:ビートルズ(The Beatles)特集】アビイ・ロード(Abbey Road)を大解剖!

買取価格:¥

今回は「アビイ・ロード(Abbey Road)」の情報と、The Beatlesの実際に高価買取されている中古レコードの特徴をご紹介します。1969年9月26日に発売された「アビイ・ロード(Abbey Road)」は、ビートルズが発表したどのアルバムよりも世界中に熱狂を与えました。これまで色々と悩み、試行錯誤を繰り返してきた実験的な「ビートルズ」としての集大成がこの「アビイ・ロード(Abbey Road)」。言わずと知れた名作を解説します。

アビイ・ロード(Abbey Road)とは?

1959年9月26日、ビートルズが12作目のアルバムとして発表した最高の作品が「アビイ・ロード(Abbey Road)」です。
デビューアルバムからその存在感を見せつけ、年間2本のアルバムを基本として生み出してきた4人。
ドラッグと出会いインドで精神世界に触れ、それでもまだ固まりきらない自分達の方向性・音楽性、バンドとしてのあり方に悩み続けていましたが、本作で「これぞビートルズ!」と言わしめる結果を打ち立てたのです。

1970年の売上枚数は、なんと3,100万枚以上。
EMIレコーディングスタジオが、この偉業を通じて「アビイ・ロード・スタジオ」と改名されてしまうほどの事件でした。
全英チャート(ミュージックウィーク・ビルボード・キャッシュボックス)では連続1位記録を伸ばし、全米で9位、日本で2位という記録も本物の証拠です。

本作からステレオ盤のみの発売となり、モノラル盤は作られなくなりました。

ここまで素晴らしい記録を打ち立てたビートルズですが、「アビイ・ロード(Abbey Road)」は解散を危惧されている最中に発表されたアルバムでもあります。
事実、「アビイ・ロード(Abbey Road)」の発表時にはすでにジョン・レノンはオノ・ヨーコとともにプラスティック・オノ・バンドでのソロシングルを発表。
すでにバラバラになってしまっていた4人でしたが、ポール・マッカートニーがジョージ・マーティンに「レコードを1枚作りたい」と連絡したことで、本作が生み出されたのです。

実は、「アビイ・ロード(Abbey Road)」はビートルズのラストアルバム。
しかし、発売時期の問題で13枚目に発売されたのは「レット・イット・ビー(Let It Be)」であり、最後にして最高のビートルズを世の中に残すこととなりました。

1969年1月末にラストアルバムとされている「レット・イット・ビー(Let It Be)」の収録はほぼ終了。
しかし、非常に覇気のないビートルズが刻まれていました。
そのことを悔やんだポールは、意を決してジョージ・マーティンに連絡。
ジョン・レノンは「A面こそ素晴らしいが、B面はジャンクだ」という言葉を残しましたが、世界中でB面を評価され、ポール・マカートニーとリンゴ・スターは「B面は最高傑作だ」と語っています。

「レット・イット・ビー(Let It Be)」の収録状況の詳細が発表されたことで、一部の曲を1970年1月にジョン不在のまま録り直し、フィル・スペクターが3?4月にかけて再プロデュースしたことで順番が前後しました。

高価買取されるThe Beatlesのレコードの特徴について

ビートルズのレコードには、過去に「460万円」という金額で落札された幻のレコードが存在。
また、同様な理由で高額での取引をされたものもあります。
その理由が、「試し刷り・未発売」のレコード。
つまり、世の中に出回るはずではなかったプロト盤・テスト盤が存在しているというわけです。
一般発売されず、当時の裏ルートから流れたことから手に入れることすらままならないかもしれません。
とんでもない金額で高価買取されるものにはそれなりの理由があるということです。

「アビイ・ロード(Abbey Road)」を大解剖!

-収録曲-

【A面】

カム・トゥゲザー(Come Together)
ジョン・レノンが作った曲。
「ドラッグの教祖」ティモシー・リアリーがカリフォルニア州知事選挙に出馬表明した際に作られた応援ソングです。

サムシング(Something)
ジョージ・ハリスンが作った曲で、唯一のシングルA面曲としても発表。
妻のパティ・ボイドへのラブソングに思われがちですが、ジョージ本人は「レイ・チャールズを想像していた」と話しています。

マックスウェルズ・シルバー・ハンマー(Maxwell’s Silver Hammer)
ポール・マッカートニーが作った曲。
ゲット・バック・セッションで何度もレコーディングを繰り返されたことで、メンバー誰もが良い印象を持っていなかった曲です。
リンゴ・スターは「最悪なセッションだった」と話しています。

オー!ダーリン(Oh!Darling)
ポール・マッカートニーが作った曲。
日本では日産サニーのCMに使われました。
ジョン・レノンはこの歌を歌いたがっていましたが、作者であるポールがリードボーカルを務めています。

オクトパス・ガーデン(Octopus’s Garden)
リンゴ・スターが作った曲で、クレジット表記は「リチャード・スターキー」名義。
リンゴ自身はコード進行も3つしか知らないためにジョージ・ハリスンに作曲を依頼していますが、リンゴ・スターらしい曲で子供からの人気はダントツでした。

アイ・ウォント・ユー(I Want You [She’s So Heavy])
ジョン・レノンが作った曲。
ビートルズが4人揃って演奏した最後の曲となりました。

 

【B面】

ヒア・カムズ・ザ・サン(Here Comes The Sun)
ジョージ・ハリスンが作った曲。
解散前でさまざまな会議が重なった中、嫌になりボイコットした日にエリック・クラプトンの家で作られたジョージの穏やかな時間に作られました。

ビコーズ(Because)
ジョン・レノンが作った曲。
オノ・ヨーコがピアノで弾いていたベートーヴェン「月光ソナタ」のコード進行を逆向きにした曲で、ジョージ・ハリスンのお気に入りです。

ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー(You Never Give Me Your Money)
ポール・マッカートニーが作った曲で、日産サニーのCMに起用。
アラン・クレインに対する不満を思い切り歌に乗せています。

サン・キング(Sun King)
ジョン・レノンが作った曲。
太陽王「ルイ14世」を歌っており、出鱈目なスペイン語を散らばらせるなど、ジョン・レノンらしいハチャメチャな終わり方です。

ミーン・ミスター・マスタード(Mean Mr. Mustard)
ジョン・レノンが作った曲。
インドでの瞑想修行中に出会った「マスタード」というホームレスの日常を綴っています。

ポリシーン・パン(Polythene Pam)
ジョン・レノンが作った曲。
「インドの瞑想修行中に書いたガラクタの一つ」と言い放っています。
ジョンのジョークを誰も笑わず、誰も理解できないことにジョージはヤキモキしていました。

シー・ケイム・イン・スルー・ザ・バスルーム・ウィンドー(She Came In Through The Bathroom Window)
ポール・マッカートニーが作った曲。
ファンの女の子がポールの部屋に忍び込んだエピソードから作られています。

ゴールデン・スランバー(Golden Slumbers)
ポール・マッカートニーが作った曲。
義妹が実家のピアノの中から取り出した楽譜の中から、とにかく歌詞を気に入ったこの曲を独自の旋律で奏でています。

キャリー・ザット・ウェイト(Carry That Weight)
ポール・マッカートニーが作った曲。
ビートルズ解散後であっても「ビートルズであったことを4人が背負っている」という解釈と「ビジネスの難しさ」を歌っているという解釈されています。
本作がゴールデンスランバーのサビだとも言われている、興味深い1曲です。

ジ・エンド(The End)
ポール・マッカートニーが作った曲。
ビートルズの楽曲の中で唯一リンゴ・スターのドラムソロが入った曲ですが、リンゴ自身はドラムソロが嫌いだと明言しています。

ハー・マジェスティ(Her Majesty)
ポール・マッカートニーが作った曲で、ロック・ミュージック史上初の隠しトラック。
ビートルズのメンバーは参加せず、ポール1人による弾き語りです。

「アビイ・ロード(Abbey Road)のレコード高価買取はエコストアレコードへ

最後の最後にビートルズとしての偉業を形にした「アビイ・ロード(Abbey Road)」という名盤。
ラストアルバムとして華を飾るにふさわしい、世界中に夢を与えてくれたビートルズがこの中に生きています。
そんなThe Beatlesの名盤がお手元で眠っていませんか?
譲り受けたがプレイヤーが手元になく部屋の肥やしになってしまっている、趣味とは違うし、普段はCDやストリーミングで試聴するから不要だと感じているなら、ぜひともエコストアレコードにご相談ください!

 

 

 

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【レコード買取コラム:ビートルズ(The Beatles)特集】イエロー・サブマリン(Yellow Submarine)を大解剖!

買取価格:¥

ビートルズがイギリスで発売した11枚目のアルバム「イエロー・サブマリン(Yellow Submarine)」。
映画「イエロー・サブマリン」のサウンドトラックとして発売されましたが、本作が発売されたのは前作「ザ・ビートルズ/ホワイトアルバム」の発売からたった2ヶ月しか経過していない時期のことでした。
今回はそんな「イエロー・サブマリン(Yellow Submarine)」の情報と、The Beatlesの実際に高価買取されているレコードの特徴をご紹介します。

イエロー・サブマリン(Yellow Submarine)とは?

本作「イエロー・サブマリン(Yellow Submarine)」は、映画「イエロー・サブマリン(Yellow Submarine)」のサウンドトラックとして「ザ・ビートルズ/ホワイトアルバム」よりも前に収録されていたアルバムです。
「アニメ映画のサウンドトラックとして新曲を提供」という契約でしたが、「ザ・ビートルズ/ホワイトアルバム」の収録で多忙な時期だったこともあり新曲はたった4曲。
当時のメンバー内でアニメ映画に対し消極的な姿勢をとっており、雑談の中で「出来が悪いものはイエロー・サブマリン行きだ」とジョークを飛ばしていたほどです。

A面6曲中4曲は未発表曲、B面に使われた曲は全て既出の作品でした。
1969年1月にリリースしましたが、販売価格は従来のアルバムLP1枚の価格。
たった4曲の新曲のために正規のアルバム価格を支払うことにファンからは批判的な声が多数上がりました。
イギリスではステレオ盤とモノラル盤を発売しましたが、このモノラル盤はただステレオ盤をモノラル化しただけの手抜き作品となっています。

こんな状況の作品でありながらも、全英チャートではビートルズブランドで最高位3位まで到達。
ビートルズ史上初めてチャート1位に輝くことがなかったアルバムです。
全英アルバムチャートとキャッシュボックスでは最高3位、ビルボード200では最高2位。
それでも1969年セールスランキングでは57位、100万枚のセールスを記録しています。

高価買取されるThe Beatlesのレコードの特徴について

ビートルズのレコードは、イギリス盤と日本盤でジャケットデザインが大幅に違うため、日本盤の高価買取が比較的簡単。
特に、印刷方法の違いから左右逆転しているジャケットも存在するため、マニアにとって日本盤ジャケットはレア物が頻発する存在です。
通常のUK盤も高価買取されますが、ジャケットや帯だけの価値で日本盤が数万円もの価値になる場合もあります。

「イエロー・サブマリン(Yellow Submarine)」を大解剖!

本作はA面のみがビートルズの作品で、B面はジョージ・マーティン・オーケストラによる演奏。
B面はクラシック音楽のアレンジ等でまとめられています。

-収録曲-

【A面】

■イエロー・サブマリン(Yellow Submarine)
レノン=マッカートニーとしての共作で、リンゴ・スターがリードボーカルを務めており、シングル盤では唯一リンゴ・スターがリードボーカルにいる作品です。
ジョンは「子供のための曲を作っただけ。ただそれだけ」と言い放っています。

■オンリー・ア・ノーザン・ソング(Only A Northern Song)
ジョージ・ハリスンが作った曲。
本作の版権はノーザン・ソングスが持っているとして、悲観的に作り上げています。

■オール・トゥゲザー・ナウ(All Together Now)
ポール・マッカートニーが作った曲。
イエロー・サブマリンが持つ平等で陽気な精神を書き上げた曲として評価されています。

■ヘイ・ブルドッグ(Hey Bulldog)
ポール・マッカートニーに協力を仰いだ上でジョン・レノンが作った曲。
「良いレコードだけど、何の意味もない」とジョンは言い放っています。
レコーディング中にポールが歌詞を間違えたところその内容をジョンが気に入り、そのまま採用されました。

■イッツ・オール・トゥ・マッチ(It’s All Too Much)
ジョージ・ハリスンが作った曲。
LSDの体験を讃える歌です。

■オール・ユー・ニード・イズ・ラヴ(All You Need Is Love)
ジョン・レノンが作った曲。
シングル盤は全英チャート・ビルボードともに1位を取得した曲で、1967年の宇宙中継特別番組「OUR WORLD ?われらの世界?」のために作らました。

 

【B面】
■ペパーランド(Pepperland)
■シー・オブ・タイム(Sea Of Time)
■シー・オブ・ホールズ(Sea Of Holes)
■シー・オブ・モンスターズ(Sea Of Monsters)
■マーチ・オブ・ミーニーズ(March Of The Meanies)
■ペパーランド・レイド・ウエイスト(Pepperland Laid Waste)
■イエロー・サブマリン・イン・ペパーランド(Yellow Submarine In Pepperland)

「イエロー・サブマリン(Yellow Submarine)」のレコード高価買取はエコストアレコードへ

多忙な中、所属レコード会社の都合でビートルズに話が回ってきた「イエロー・サブマリン(Yellow Submarine)」への楽曲提供。
彼らは当時よく思っていませんでしたが、1999年にビートルズの映画音楽にフォーカスされた際にしっかりと評価された素晴らしいレコードです。
彼らの音楽性とは違ったものの、やっつけ仕事でも世界に大きな影響を与えるのがビートルズというレジェンド。
そんなThe Beatlesの名盤がお手元で眠っていませんか?
エコストアレコードは買取歴30年、累計買取枚数1,500万枚の経験・実績を生かして、お客様のCDを高価買取致します。
ご自宅で使っていないCD・レコードがございましたら、ぜひエコストアレコードまでご相談ください。

 

 

 

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中古レコード買取コラム:ビートルズ(The Beatles)特集】ザ・ビートルズ/ホワイト・アルバム(White Album)を大解剖!

買取価格:¥

今回は「ザ・ビートルズ(The Beatles)/ホワイト・アルバム(White Album)」を中古レコード買取の情報についてご紹介します。前作から1年以上の発表がなかったビートルズが、最高のタイミングで世の中に産み落としたアルバム「ホワイト・アルバム」。安定の全英チャート1位と、記念すべきイギリスでのリリースアルバム10枚目であり、ビートルズ史上初にして唯一の2枚組発表となりました。

 
 

ホワイト・アルバム(White Album)とは?

 

1968年11月22日に発表された記念すべきアルバム「ザ・ビートルズ/ホワイト・アルバム」。イギリスでのアルバムリリース10枚目、ビートルズ史上初にして唯一の2枚組での発売です。また、本作から出版レーベルが増え、これまでのイギリス「EMI」・アメリカ「キャピトルレコード」・日本「東芝音楽工業株式会社」に加え、ビートルズの個人レーベルとなる「アップルレコード」からもアルバムをリリースするようになりました。

「ザ・ビートルズ/ホワイト・アルバム」というアルバムタイトルがついていますが、当初は「A Doll’s House」というタイトルの予定。しかし、ポールとデザイナーが考えたジャケットデザインが白1色だったことからタイトルチェンジされました。同時期に「ファミリー」が発表した「Music In a Doll House」というアルバムに名前が被るということもあり、タイトルチェンジは必然とされたのです。従来のバンドサウンド主体なものからサイケデリックな方向へ向かっていったビートルズサウンドが、本作では影を潜め、正統派バンドサウンドでまとめられています。しかし、それぞれ個性を主張しすぎたために全体的なまとまりは取れていません。酷評する者もいましたが、ポールは後にビデオ版「アンソロジー」のなかで「このアルバムは脈絡がないだとか、ソロの曲ばっかりだとか言われるけど、後から色々言うのは簡単さ。ビートルズのホワイト・アルバムだぞ。黙れってんだ」と語っています。

ミキシング技術の発展により、メンバーが集まってレコーディングする必要がなくなったため、それぞれが個々に収録を進めていたほか、レコーディング中にリンゴがボイコットしたなどの経緯から、ビートルズ崩壊の始まりとなったアルバムだという声もある1枚です。

 
 

高価買取されるThe Beatlesのレコードの特徴について

基本的にビートルズのレコードはUK盤が至上とされます。しかし、その中でも日本盤はかなり高い評価を受けて効果買取されているのが現実。他国で発売されたものよりもジャケットが丈夫に作られており、劣化が少ないからです。また、日本独自のジャケットデザイン、漢字やカタカナなどの文字に魅力を感じる海外マニアも多く、高価買取されています。

 
 

「ホワイト・アルバム(White Album)」を大解剖!

 
 

-収録曲-

 

【A面】
 

■バック・イン・ザ・U.S.S.R.(Back In The U.S.S.R.)
 

ポール・マッカートニーが作った曲。
チャック・ベリーの「Back In The U.S.A」とザ・ビーチボーイズの「California Girls」のパロディです。
ポールがリンゴのドラムスに細かく注文をつけ続けたことで、一時的にリンゴはビートルズを脱退。
そのため、本作は3人で収録しています。
 

■ディア・プルーデンス(Dear Prudence)
 

ジョン・レノンが作った曲。
リンゴ・スターが一時脱退していたため、本作は3人で収録しています。
インドでの友人が部屋にこもっているのを「外に出てきて一緒に遊ぼう」と誘っている歌です。
 

■グラス・オニオン(Glass Onion)
 

ジョン・レノンが作った曲。
本作で初めてリンゴ・スターが登場する曲です。
歌詞にはこれまでのビートルズ作品に関連したキーワードが秘められています。
 

■オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ(Ob-La-Di, Ob-La-Da)
 

ポール・マッカートニーが作った曲。
インドの友人でナイジェリア人のコンガ奏者「ジミー・スコット」の口癖「Ob-la-di, Ob-la-da, life goes on, bra(オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ、人生続くよ、ブラ)」を使った曲です。
口癖を引用したことに対し、ポールはジミーに小切手を送りましたが、著作権を主張しさらに金銭を要求したジミーに対し、ポールはキッパリと拒否。
その後、ジミーの法廷費用を肩代わりすることでこの問題は封印されました。
 

■ワイルド・ハニー・パイ(Wild Honey Pie)
 

ポール・マッカートニーが作った曲。
マルチトラックレコーダーの特性を活かし、全ての楽器をポール1人で演奏した曲です。
 

■ザ・コンティニューイング・ストーリー・オブ・バンガロー・ビル(The Continuing Story Of Bungalow Bill)
 

ジョン・レノンが作った曲。ビートルズ作品で唯一女性ボーカルが入る曲で、謳っているのは「オノ・ヨーコ」です。
 

■ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス(While My Guitar Gently Weeps)
 

ジョージ・ハリスンが作った曲。
メンバーの不穏な空気の中、本作でリードギターを担当しているのはジョージの友人だった「エリック・クラプトン」です。

 
 

【B面】
 

■マーサ・マイ・ディア(Martha My Dear)
 

ポール・マッカートニーが作った曲。
ポールが飼い始めたオールドイングリッシュシープドッグ「マーサ」を題材に使っている曲で、マート触れ合っているポールを見たジョンは、「こんなポールを見たことない!」と驚いたと話しています。
 

■アイム・ソー・タイアード(I’m So Tired)
 

ジョン・レノンが作った曲。
インド滞在時に作った曲で、1日中瞑想していたために不眠症に陥った精神的な疲れを描いています。
 

■ブラックバード(Blackbird)
 

ポール・マッカートニーが作った曲で、全ての演奏もポール一人で行っています。
この曲でいう「鳥」は女性のことで、リトルロック高校事件で隔離されていた黒人女性に向けて書かれた曲です。
 

■ピッギーズ(Piggies)
 

ジョージ・ハリスンが作って曲。
大きな豚と小さな豚の暮らしぶりを描いた曲ですが、後にチャールズ・マンソンによって白人と黒人の人種戦争についての曲だと解釈されています。
 

■ロッキー・ラックーン(Rocky Raccoon)
 

ポール・マッカートニーが作った曲で、マーベルキャラクター「ロケットラクーン」のモチーフ。
西部のカウボーイを思い描いた曲で、元のタイトルは「ロッキー・サッスーン」だったものを、カウボーイっぽいという理由で「サッスーン」を「ラックーン」に変更しています。
 

■ドント・パス・ミー・バイ(Don’t Pass Me By)
 

リンゴ・スターが作った曲で、ソングライターデビュー作。
リンゴとポール、それにヴァイオリン奏者のジャック・ファロンの3人でレコーディングされており、ジョンとジョージは参加していません。
 

■ホワイ・ドント・ウィ・ドゥ・イット・イン・ザ・ロード(Why Don’t We Do It In The Road?)
 

ポール・マッカートニーが作った曲。
「道路でやろうじゃないか」という意味ですが、猿の交尾をモチーフとしており、自由を表しているとポールは言葉を残しています。
 

■アイ・ウィル(I Will)
 

ポール・マッカートニーが作った曲。
ポールのボーカルとギター、それに口で発した「口ベース」で作られています。
ポール自身が最も気に入っている曲です。
 

■ジュリア(Julia)
 

ジョン・レノンが作った曲。
母ジュリア・レノンへの曲で、彼女は1958年に44歳という若さで亡くなりました。
ジョンのアコースティックギターとボーカルのみの曲です。

 
 

【C面】
 

■バースデイ(Birthday)
 

ポール・マッカートニーが大部分を作り、ジョン・レノンが一部手伝った曲。
誰の誕生日を描いたものかは忘れてしまったとポールは語っています。
クリスマスや誕生日に関連する歌は長生きするというジンクスから作られた曲です。
 

■ヤー・ブルース(Yer Blues)
 

ジョン・レノンが作った曲。
イギリスで起こったブルースブームに対する皮肉を込めています。
 

■マザー・ネイチャーズ・サン(Mother Nature’s Son)
 

ポール・マッカートニーが作った曲。
ポールと外部ミュージシャンのみで演奏されています。
 

■エブリボディーズ・ゴット・サムシング・トゥ・ハイド・エクセプト・ミー・アンド・マイ・モンキー(Everybody’s Got Something To Hide Except Me And My Monkey)
 

ジョン・レノンが作った曲。
ジョンとオノ・ヨーコのことを歌った曲です。
「Monkey=麻薬中毒」という隠語があるため、ポールを含めた多くの人々がヘロインについての歌と推測していました。
 

■セクシー・セディー(Sexy Sadie)
 

ジョン・レノンが作った曲。
インドでの恩人である「マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー」がアメリカの女優「ミア・ファロー」を唆したことに対するディスリスペクト曲です。
 

■ヘルター・スケルター(Helter Skelter)
 

ポール・マッカートニーが作った曲。
たまたま読んだ雑誌の音楽レビューの中にあったコメントに触発され、自分自身でもノイジーな曲をやりたいと思い立って出来上がった曲です。
 

■ロング・ロング・ロング(Long, Long, Long)
 

ジョージ・ハリスンが作った曲。
ジョージが感じる神に対する愛の歌です。

 
 

【D面】
 

■レボリューション1(Revolution 1)
 

ジョン・レノンが作った曲。
ベトナム戦争が激化していたこともあり、政治的声明を出すべきではないと抑圧されていたジョンが革命を歌っています。
 

■ハニー・パイ(Honey Pie)
 
ポール・マッカートニーの作曲。1920年代の歌の上手い女の子とその恋人について語った歌で、ポール自身がその時代を生きたつもりになって書かれています。
 

■サボイ・トラッフル(Savoy Truffle)
 
ジョージ・ハリスンが作った曲。
友人のエリック・クラプトンが、虫歯があるにもかかわらずチョコレートを大量に食べ続けていたエピソードをモチーフにした曲です。
 

■クライ・ベイビー・クライ(Cry Baby Cry)※隠しトラック「Can You Take Me Back?」
 
ジョン・レノンが作った曲で、曲の終わり部分にはポールが作った即興演奏「Can You Take Me Back?」が収録されています。
収録中にスタジオの不穏な空気に耐えかねたレコーディングエンジニアに対しての「Can You Take Me Back?」のメッセージです。
 

■レボリューション9(Revolution 9)
 
ジョン・レノンが作った曲ですが、ジョージ・ハリスンとオノ・ヨーコの影響を多大に受けている曲。
ビートルズ史上最も長い曲です。
 

■グッド・ナイト(Good Night)
 
レノン=マッカートニーの共作で、ボーカルはリンゴ・スター。
演奏はジョージ・マーティンのストリングスのみの構成です。
ジョン・レノンの5歳の息子「ジュリアン・レノン」の子守唄として作られています。
息子への歌ではあっても、自分の声では曲のイメージに合わない打倒ということで、リンゴに歌を頼んだそうです。

 
 

「ホワイト・アルバム(White Album)」のレコード高価買取はエコストアレコードへ!

 

インド滞在時の影響が顕著で、一般評価はそれほど高くはないものの、全ての曲が想いに溢れるものであるのは「ザ・ビートルズ」というアルバムタイトルからもわかります。「ザ・ビートルズ/ホワイト・アルバム」は、当時のビートルズが世界に伝えたい言葉があますことなく詰め込まれており、バンドの在り方を確認しているかのような作品。そんなThe Beatlesの名盤がお手元で眠っていませんか?エコストアレコードは買取歴30年、累計買取枚数1,500万枚の経験・実績を生かして、お客様の中古レコードを高価買取致します。ご不要なレコードがありましたら、エコストアレコードまで気軽にご相談ください。

 

 

 

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人気は衰え知らず。ジャズアーティスト、チェット・ベイカー(Chet Baker)のレコード買取を解説

買取価格:¥

「チェット・ベイカー(Chet Baker)のレコード、いくらで買取してもらえるのだろう?」そんな疑問を持ったあなたに良いお知らせです。人気ジャズアーティストの作品は高価買取される可能性があります。

トランペット奏者、チェット・ベイカーは優れた演奏だけでなく、プレイヤーとしては珍しいその類まれなる歌の才能も高く評価されています。”歌がうまい”という言葉では物足りないほど、彼の上手なボーカルは今も昔も多くのファンを抱えるほど。また、まるで俳優のような端正なルックスも彼の魅力の一つです。

彼が残したレコード作品には買取で高額になるものがいくつもあります。そこでどんなレコードが高く売れるのか、チェット・ベイカーというトランペット奏者の素晴らしさを紐解きながらエコストアレコードが解説してみましょう。

 

文:福田俊一(Ecostore Records)

 

知ってほしい、チェット・ベイカー(Chet Baker)のこと

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あなたはチェット・ベイカーについてどれだけ知っていますか?

ベイカーは1929年、米国オクラホマ州イェールでギター奏者の父とピアノ奏者の母のもと誕生(ちなみに祖母はノルウェー出身)。彼の音楽活動は、教会で歌う聖歌隊として始まりました。父からトロンボーンを与えられましたが、演奏するものはのちにトランペットに変わりました。母が語った話では、ベイカーは楽器を手にする以前からラジオで聴いた曲を覚えていたそう。仲間からは演奏する努力が苦にならない、天性のミュージシャンだとも言われていたそうです。彼は1946年、16歳の時に軍隊に入隊すると、ドイツのベルリンに配属され陸軍軍楽隊に参加した経験があります。

1952年にはジェリー・マリガンのカルテットへ加入。そんな中、「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」がヒットを記録、その後の彼のキャリアに多大な影響を与えました。マリガンが麻薬で逮捕され刑務所に入ると、ベイカーはピアノ奏者ラス・フリーマンらを迎えて自身のカルテットを結成。1953年から1956年の間、ベイカーが発表した作品がヒットするようになります。メトロノームとダウンビートという著名な音楽雑誌での人気投票では、マイルス・デイヴィスやクリフォード・ブラウンという大物を上回り、見事に読者が選ぶ第1位に輝きました。1956年にはパシフィック・ジャズから発表した作品『チェット・ベイカー・シングス』の人気もあり、チェット・ベイカーはボーカリストとしてもその名を広めることになりました。

しかし、忍び寄る暗い影が。彼にとってまさにミュージシャンとしての全盛期といえる1950年代、ベイカーは次第にヘロインに手を出すようになったのです。彼の薬物依存は酷く、時には大切な自分の楽器を質に入れてまでドラッグを入手することもあったそう。1960年代にも音楽活動のために訪れていたヨーロッパでも薬物が原因で逮捕・投獄され、追放されたこともありました。

1978年以降、年に1回帰国する以外はヨーロッパを拠点に音楽活動をすることに。イタリアにも滞在する中で、ベイカーは流暢なイタリア語を話せるほどになったそう。1988年、そんな彼の生涯にピリオド打ったものはやはりクスリでした。オランダ・アムステルダム滞在中にホテルの窓から転落、命を落とす残念な結末となりました。調査の結果、彼の部屋と体内からはヘロインとコカインが見つかったそうです。まだ若く、58歳でした。名トランペット奏者、チェット・ベイカーは米国カリフォルニア州にある彼の最愛の父の墓に並ぶように埋葬されたのです。

 

高価買取されるチェット・ベイカー(Chet Baker)の作品をご紹介

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Chet Baker / Quartet(Pacific Jazz, 型番:PJ LP-3)

1953年発表。

発売から70年近く経ち、今となっては大変貴重な10インチレコード。1950年代初頭にキャリアをスタートさせたチェット・ベイカーの作品には、まだ12インチのLPレコードが主流になる以前の10インチアルバムが複数あります。それらをリリースしたのが西海岸を代表するレーベル、パシフィック・ジャズ。本作は、ベイカーとも多くのレコーディングで共になったピアニスト、ラス・フリーマンを迎えての1枚です。

 

 

チェット・ベイカー_レコード_買取_3
Chet Baker / Sings(Pacific Jazz, 型番:PJ LP-11)

1954年発表。

トランペット奏者、チェット・ベイカーが高い人気を誇る理由の一つに歌の上手さがあります。彼の唄声はどこか中性的で、透き通るような美しさ。名作と呼び声高い本作『チェット・ベイカー・シングス』は1954年に録音された彼の初期作品であり、貴重な10インチレコードでのリリースです。

素晴らしい保存状態のUSオリジナル盤であれば間違いなく高価買取となります。

 

 

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Chet Baker / Chet Baker & Strings(Columbia, 型番:CL 549)

1954年発表。

本作の特徴は、かつて名アルトサックス奏者チャーリー・パーカーも同じコンセプトでアルバム制作したように、タイトル通りストリングスをバックにレコーディングしていること。ラス・フリーマン、ズート・シムズらと共にベイカーは甘美な演奏を披露しています。名スタンダード「あなたは恋を知らない(原題:You Don’t Know What Love Is)」などを収録。

当店では使用感があるこちらのUSオリジナル盤を5,000円で買取しました。

 

 

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Chet Baker / It Could Happen To You(Riverside, 型番:RLP 12-278)

1958年発表。

彼のボーカルを前面に出した作品としては、西のパシフィック・ジャズから発表した『チェット・ベイカー・シングス』に対して、東(ニューヨーク)のリバーサイドへの吹き込みとなったのが本作。伴奏を担当したのはケニー・ドリュー、サム・ジョーンズ、フィリー・ジョー・ジョーンズら当時東海岸で大活躍していた名手揃い。美しいラブバラード曲「モア・アイ・シー・ユー(The More I See You)」のほか、モダンジャズファンだけでなくボーカルファンからも人気が高いアルバムです。

当店では経年劣化が見受けられるこちらのUSオリジナル盤を8,000円で買取しました。

 

 

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Chet Baker / Chet(Riverside, 型番:RLP 12-299)※

1959年発表。

ロマンティックなジャケット写真だけでなく、演奏内容の美しさも際立ち、「The Lyrical Trumpet of Chet Baker(チェット・ベイカーの詩的なトランペット)」という副題が付けられている1枚。ジャズピアニストとしてピカイチの人気を集めるビル・エヴァンスのほか、ハービー・マン、ケニー・バレル、ポール・チェンバース、フィリー・ジョー・ジョーンズら一流ジャズマンが録音に参加。中でもエヴァンス、チェンバース、ジョーンズは当時マイルス・デイヴィスのリズムセクションだった面子。「あなたと夜と音楽と(原題:You And The Night And The Music)」等を収録、その演奏内容は悪かろうはずがありません。レコードでも人気が大変高く、中古市場では今も昔も需要が大きくあります。

当店では状態綺麗めなこちらのUSオリジナル盤を20,000円で買取しました。

 

※画像は1994年米国Analogue Productions社製の高音質再発盤

 

チェット・ベイカー(Chet Baker)のレコードを売るならエコストアレコードまで

近年、レコード人気が再燃していると話題になっています。新品のレコードも製造数が増え、以前よりも楽に入手できるようになりました。しかし、中古レコードは新品とはまた違う特殊な価値を持ちます。中古品としての値段や価値はキズの有無によって変わるだけでなく、製造された年代や製造国によっても全く異なります。つまり、査定額というのは決して簡単に判断されるわけではなく、お持ちのレコードの様々な要素が鑑定・評価されて決まるのです。

ご自宅にあるレコード、中古品としての保存状態はどのランクに当たり、いつの時代のもので、どれほどの希少価値を持つものなのか、果たしてあなたに鑑定出来ますか?実際には余程の専門家でなければ到底困難なことです。そうは言っても、不用品回収業者に二束三文で譲ってしまったら、お宝を捨ててしまう行為同然で非常に勿体ないことだといえます。

それでは一体誰に査定を任せれば良いのでしょうか。それは、ずばりレコードの専門家です。エコストアレコードは中古レコード買取専門店なので、各音楽ジャンルに精通した熟練のスタッフが多数在籍。もちろん、ジャズに詳しいスタッフもいます。当店にレコード買取をお任せいただければ、あなたも必ずご満足いただけるはず。エコストアレコードへの売却こそベストな選択肢なのです。

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福田俊一のアバター

筆者: 福田俊一(ふくだ・しゅんいち)

FTF株式会社 制作部/販売部兼務。買取部門のコラムやnoteのほか、販売部門の特集コラムを執筆。大学卒業後にレコード収集に興味を持ち、約15年かけてジャズレーベル、ブルーノートの(ほぼ)すべてのLPをオリジナルで揃えた。

 
 

 

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